「バラバラだけど、一緒にいる」三浦直之のサボり方
クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」。
今回お話を伺ったのは、劇団「ロロ」の主宰で、劇作家・演出家の三浦直之さん。「さまざまなカルチャーへの純粋な思いをパッチワークのように紡ぎ合わせ、さまざまな『出会い』の瞬間を物語化している」と評される作品がどのように生まれるのか、そのきっかけや創作の背景などを聞いた。
三浦直之 みうら・なおゆき
宮城県出身。2009年、日本大学芸術学部演劇学科劇作コース在学中に、処女作『家族のこと、その他たくさんのこと』が王子小劇場「筆に覚えあり戯曲募集」に史上初入選。同年、主宰として劇団「ロロ」を立ち上げ、全作品の脚本・演出を担当する。2016年、『ハンサムな大悟』で第60回岸田國士戯曲賞最終候補作品にノミネート。また、『腐女子、うっかりゲイに告る。』(NHK)など、ドラマ脚本も多数手がけ、共同脚本を手がけた映画『サマーフィルムにのって』はスマッシュヒットを記録した。
演劇と出会うも、いきなりの失踪……
──三浦さんが演劇と出会ったのは、大学で演劇学科に進まれてからだそうですね。
三浦 そうですね。本当は映画学科に入りたかったんですけど、落ちちゃって。それで、受かった演劇学科のほうに進学しました。でも、それまでほとんど演劇を観たことがなかったんですね。宮城から上京してきて、演劇を知らなかったら友達ができないんじゃないかと思って、過去の雑誌の小劇場特集などをひたすら読んで、そこで紹介されていた劇団を片っ端から観ていくうちに、「演劇っておもしろいな」と思うようになりました。
ただ、大学内で立ち上げられた劇団のお手伝いみたいなことはしていましたが、自分で戯曲(脚本)を書こうなんて全然考えてませんでしたね。
──では、何がきっかけで脚本を書かれたのでしょうか。
三浦 ロロのメンバーの亀島(一徳)くんとは同じ演劇学科で、亀島くんから「三浦くん、何か書いてみない?」と言われたのがきっかけです。亀島くんが演出で、僕が脚本で、一緒に何かやってみようという話になって。でも、僕は事務能力が皆無な人間なので、手伝っていた制作の仕事とかで追い込まれちゃって、失踪したんですよ……。
制作をやっていた劇団も公演が迫っていたし、亀島くんのほうも劇場を押さえていたので、別の脚本を見つけて公演を打つことになり、みんなにめちゃくちゃ迷惑をかけてしまって。僕はそのとき宮城に帰っていたんですけど、実家にもいづらくなって、3カ月くらい友達の家を転々としていました。
──大学にも戻りにくかったでしょうね……。
三浦 もう人間関係は全部終わったなと思いながら、それでもさすがに大学には戻ったほうがいいだろうと思ったんですよね。戻ったら、制作を手伝った劇団の人とは連絡も取れなくなっちゃいましたけど、亀島くんとは大学でばったり会って。
そのとき、亀島くんが「三浦くんはマジでクソ人間だけど、やっぱり書くものはおもしろいと思うから、何か書けたら一緒にやろうよ」って言ってくれたんです。さすがにそこまで言ってもらったら、公演をやるかどうかは別として、一度書いてみようと思って書いたのが、ロロの旗揚げ作品『家族のこと、その他たくさんのこと』ですね。
──いきなり舞台の脚本って書けるものなんですか?
三浦 上演する予定もなかったので完成度は気にせず、とにかく亀島くんに読んでもらおうという気持ちで書いただけなんです。ただ、10代のころから映画やアニメ、マンガ、小説などはひたすら摂取してきたので、「書くってこういうことなのかな?」みたいな漠然としたイメージはありました。
作家の人がよく言っているのですが、デビュー作は作家じゃない自分が書く唯一の作品なんですよね。それは、あとから読み返してみても感じるもので、当時は書き方や構成も考えず、そのときの思いつきや自分がおもしろいと思うものをひたすらつないで書いていた。でも、いまだに「またああいうふうに書いてみたいな」と思ったりもします。
──その作品が王子小劇場の「筆に覚えあり戯曲募集」に入選したのもすごいですよね。
三浦 ロロのメンバーになる(篠崎)大悟が当時近くに住んでいたので、漠然としたイメージのまま書いていた脚本を(声に出して)読んでもらって、それをもとに書き進めていたんです。書き上がったときに、大悟が「これおもしろいから上演したら?」って言ってくれて、ちょっと考えてみようかなと。
ただ、大学で公演をやって、友達が観に来るだけで回っていく感じに違和感があったので、上演するならもっと自分を知らない人に観てほしくて、戯曲が入選すると劇場が無料で借りられる王子小劇場の制度に応募してみたんです。ロロも、その公演をやるためだけに旗揚げしたので、1回やって終わるつもりでした。だから、あまり深く考えずに「ロロ」っていう名前をつけてしまった(笑)。
ロロというコミュニティから得たものを作品にフィードバックする
──一度きりのユニットだったロロが、なぜ劇団として活動するようになったのでしょうか。
三浦 実際に上演してみたら、もうちょっとやってみたくなって。めちゃくちゃ悔しかったのを覚えてるんですけど、戯曲はともかく、演出はどうしても経験を積むことでしか上がっていかない能力があるなって感じたんですね。俳優やスタッフとのコミュニケーション力や、目指している世界観の共有の仕方、スケジュール感とか。
それで、ロロの旗揚げ1年目は、とにかく場数だと思って毎月のように公演を行っていました。結果的に、その時期と当時のTwitter(現・X)の普及がリンクして、口コミで広がってどんどん動員も上がっていったような気がします。
──なりゆきで始まり、がむしゃらに公演を打っていくなかで、ロロという劇団の方向性やコンセプトのようなものは意識されていましたか?
三浦 なんとなく始まったので、ビジョンみたいなものはなくて、それがコンプレックスでもありました。でも、僕は人を引っ張っていくようなことが苦手だし、メンバーも各々で違う価値観を持っているので、だんだん「バラバラなまま一緒にいられる集団はどうすれば作れるか」と思うようになっていきましたね。
──とはいえ、公演を続けていくうちに表現スタイルや「ロロらしさ」のようなものは、形作られたのではないでしょうか。
三浦 演劇に関しては門外漢だという意識を抱えながら、自分が影響を受けてきた演劇以外のポップカルチャーのおもしろい要素を、どう演劇に翻訳できるか考えていたところはありますね。「あのマンガのあのシーンを演劇で実現するには、どうしたらいいんだろう?」みたいな。
あと、さっきのロロの話もそうなんですけど、コミュニティの作られ方にはずっと興味があって。だから、演劇でも疑似家族みたいなものをモチーフにすることがすごく多いんです。ロロの活動を通じて集団性について考えたことをフィクションにフィードバックして、そのフィクションから得たものをまたロロにフィードバックしていく。そんなふうに作品を考えています。
──「ボーイミーツガール」といったテーマも、ロロの世界観を表すキーワードとしてよく耳にしました。
三浦 10代のころは青春小説や「ボーイミーツガール」的なアニメがめちゃくちゃ好きで、ロロの初期はコピーとしてよく使っていましたね。ただ、僕も30代半ばで、メンバーも一緒に歳を重ねているので、さすがにもうボーイでもガールでもないだろうっていう(笑)。メンバーの価値観に影響を受けながら、「今、この俳優たちとどういう作品が作れるか」と考えていくなかで、自分の書くものも変わっていったと思います。
これまでは若さを大事に書いてきたんですけど、反対に老いをポジティブに捉えられないかと考えてみたり、今はまだ試行錯誤の最中で。本格的な「中年の危機」に差しかかる前に、なんとかそれを乗り越えるための練習を始めたような感じですね。
リーダーシップのある演出家じゃなくてもいい
──今も変化の過程にあるとのことですが、これまでの活動の中でターニングポイントとなった作品などはありますか?
三浦 いくつかありますが、書き方のスタイルを見つけられたと感じたのは、『ハンサムな大悟』という岸田戯曲賞の候補にもなった作品です。僕はまずジャンルのフォーマットから作品を考えていくんですけど、『ハンサムな大悟』では一代記(ある人物の一生を記録したもの)を書いてみようと思いました。まずはさまざまな一代記系の作品を分析して、その分析をもとにオリジナルの物語を作っていく。そういうスタイルができ上がったのが、『ハンサムな大悟』なんです。
もうひとつは、「いつ高シリーズ」という高校演劇のルールに則って演劇を行う60分のシリーズを始めたことですね。だんだん本公演がプレッシャーになってきたころに、息抜きとして青春の物語やポップカルチャーの引用とか、自分が好きだったものだけで作品を作ってみたら、新しい観客に出会えた。あまり演劇を観ていない人でも気軽に楽しめるものが自分にも書けるんだな、って思えたのは大きかったです。
──最新作となるパルコ・プロデュースの公演『最高の家出』も、三浦さんとしてはまた新しい挑戦ですよね。
三浦 パルコ・プロデュースの公演は、演劇を始めてからのひとつの目標だったので、めちゃくちゃうれしかったです。しかも、ロロのメンバーも一緒に呼んでもらえて、プロデューサーの方がロロをすごく愛してくれていると感じました。それで、「ロロっぽさ」みたいなものを改めて意識するところから作品を考えてみたんです。
そこから、ヘンテコなヤツらが集まって、一緒に暮らしているような世界観の中に、主演の高城れにさんが迷い込んでいく、みたいな物語ができていきました。ジャンルのフォーマットとしては、「行きて帰りし物語」という、非日常に迷い込んだ主人公がまた日常に戻っていく話になると思います。
──三浦さんは作品のテーマである家出について「帰ることが宿命づけられている」とおっしゃっていましたが、まさに「行きて帰りし物語」と重なりますね。
三浦 そうですね。「家出って、失敗して帰ることが前提の言葉だな」と思ったときに、「成功する家出ってなんだろう?」と考えたところから、イメージをふくらませていきました。帰るという行為の意味合いを変えられたら、家出そのものも変えられるかもしれない。そこが今回の舞台で大事にしているところです。
──初めて組む俳優さんやスタッフさんとも作品を作るという点で、意識されていることはありますか?
三浦 僕はリーダーシップを発揮するタイプの演出家にはなれないという話をしましたが、最近は劇作家の僕が書いた戯曲に対して、スタッフたちや俳優たちが用意してくれるプランをどう組み合わせたらいいかと考えるようになってきましたね。演出家として、僕のやりたいことをかたちにするというよりは、みんなが持ち寄ってくれたものをリスペクトして、ポテンシャルが一番発揮されるかたちで作品につなげたいと思っています。
スイッチを切り替えるための2拠点生活
──学生時代には失踪もしたことのある三浦さんですが(笑)、お仕事をサボってしまうことはありますか?
三浦 めちゃめちゃあると思います。書くこととサボることにどれくらい差異があるのかな、と考えたりしますし。ちゃんとルーティンがあって常に書いているタイプの方もいると思うんですけど、僕は書けなくて悩んでいる時間もすごく長くて。その時間って、サボってるといえばサボってるんですよね。そういうときは、何も手につかないまま罪悪感だけがどんどん募っていって、ずっとウロウロするという無の時間が過ぎていきます。
──そういうとき、どのように気分を切り替えているのでしょうか。
三浦 場所を変えることは、すごく大事にしていますね。僕は今、宮城と東京を行ったり来たりしている生活で、演劇の稽古がないときはほとんど宮城に住んでるんですよ。そうすると、演出しているときは東京にいて、書いているときは宮城にいるから、東京に来ると書いている自分から逃避している感覚になるし、宮城の実家にいるときは演出家の自分から逃避している感覚になる。具体的に場所を変えると、ちゃんとスイッチが入るようになるというか。
東京にいると毎週のように演劇をやっていて、情報もたくさん入ってくるので、「みんなこんなにやってるのに、俺は……」ってネガティブになっちゃうんですけど、宮城にいたら「どうせ物理的に行けねーし」って思えるんですよ。
──では、より自分をリフレッシュさせるための息抜きなどはありますか?
三浦 やっぱり読書ですね。「ひとりになりたいけど、ひとりぼっちは寂しい」みたいなややこしい性格なんですが、読書ってその状態にすごく向いているんですよ。読書自体はめちゃくちゃ孤独な行為じゃないですか。でも、本の中にはたくさんの人たちがいるので、その人たちと一緒にいるような感覚にもなれる。僕にとって読書はすごく大事な時間です。
あとは最近、自分のための言葉を書くようになりました。コロナ禍でメンタルの不調が続き、自分があまり感動してないような気がしたのがきっかけなんですけど。
──お仕事として書く言葉とは別の言葉を書いている。
三浦 はい。Instagramでは読書日記をつけてるんですけど、書評やレビューのように人に伝える仕事ではないので、自分の心がこの物語でどう動いたかを確認するためだけに文章を書いています。「そうか、俺は今、ここに感動してるんだ」とか「俺はまだワクワクできるぞ」とか、自分の中の感動や欲望を見つけることは大事だなって思うんです。
撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平
三浦直之による書き下ろし最新作!
パルコ・プロデュース2024『最高の家出』上演中
出演:高城れに(ももいろクローバーZ)/祷キララ/東島京/板橋駿谷/亀島一徳/篠崎大悟/島田桃子/重岡漠/尾上寛之
企画・製作:株式会社パルコ
2月4日〜24日/東京・紀伊国屋ホール
*高知、大阪、香川、宮城、北九州公演あり