「心が動いた瞬間を見つめ、感じたものを大事にする」南沢奈央のサボり方

サボリスト〜あの人のサボり方〜

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クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」

俳優としてドラマや舞台で活躍しながら、読書や落語、登山などさまざま趣味を持ち、その愛を発信している南沢奈央さん。落語をテーマに初の著書を出版した南沢さんに、文章を書くことの醍醐味、落語の奥深さ、そして意外なサボり術などを聞いた。

南沢奈央 みなみさわ・なお
1990年生まれ、埼玉県出身。立教大学現代心理学部映像身体学科卒。2006年、ドラマ『恋する日曜日 ニュータイプ』(BS-i)で主演デビュー。書評や連載など執筆活動も精力的に行っている。大の落語好きとしても知られ、「南亭市にゃお」の高座名を持ち、初の単著『今日も寄席に行きたくなって』(新潮社)を刊行。近年の出演作品に、ドラマ『彼女たちの犯罪』(読売テレビ・日本テレビ)、映画『咲-Saki-阿知賀編episode of side-A』、舞台『セトウツミ』などがある。

感じたものを、そのままの熱量で伝えたい

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──南沢さんは落語好きとしてメディアにも出演されていますが、落語についてのエッセイが『今日も寄席に行きたくなって』として本になったことは、また特別な感慨があるのでしょうか。

南沢 読書がすごく好きで、文章を書くことも好きで、いつか自分の本を出してみたいなと思っていたので、ひとつ夢が叶った気持ちです。しかも、私が落語好きになったきっかけの小説『しゃべれども しゃべれども』(新潮社)の作者・佐藤多佳子さんに帯のコメントをいただけて、本から出会って本に戻ってきた感じもすごく感慨深いです。

──初の単著というのは意外でした。今回も落語をテーマにしながら、ご自身が感じたものを描かれていますが、テーマに縛られないエッセイなども興味はありますか?

南沢 ありますね。お芝居は、台本で決められた人物を演じていく中で、自分をどう表現していくかだと思うんですけど、エッセイは自己表現に直結するものなので、書いていると自分の考えがかたちになって、浄化されていく感覚があって。その時間がすごく好きで、心地いいんです。普段は自ら積極的にしゃべるタイプではないので、ストレス発散になっているところもあるかもしれません。

──書くことで自分を再認識したり、発見したりすると。

南沢 そうですね。ノートにメモしたことを書き出しているうちに、何かが連鎖していって自分の思いや考えにたどり着いたり、おもしろいと感じたことの理由に気づいたり、自分を掘り下げていくことができるんです。

──落語についても、何か発見などはありましたか?

南沢 落語を通じて発見したことはありますね。「ブラックな笑いでも笑えるんだ」とか。人の失敗やしくじりって笑っちゃいけないものだと思っていましたが、笑ってもいい世界があるんだと知って、ちょっと気持ちが楽になったんです。人が死体を使って笑いにするような話もあるんですけど、落語だと笑えるんですよね。

──そういった自分の中での新鮮な発見や感動を人に伝えるのは簡単ではないと思います。落語のエッセイを書くにあたって、「好き」を伝えるために意識されたことはあるのでしょうか。

南沢 「鉄は熱いうちに打て」じゃないですけど、できるだけ一番熱量が高まっているときに文章にするようにしていました。ちょっと置いておくと、その気持ちが落ち着いてしまったり、自分の中でなじんでしまったりするので。

最初は落語を紹介するような内容にしようとしていましたが、本当に伝えたいことは違うなと気づいたんですよね。落語を聞いて何を思い出したのか、何を感じたのかを、そのままの熱量で書いたほうが思いも乗るし、伝わるんじゃないかと思ったんです。

観るだけでなく、自らも高座に

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──落語を観ることとやることも全然違うのではないかと思います。本の中には、実際に高座に上がって落語を披露したエピソードもありますね。

南沢 全然違いました。もしかしたら文章を書くよりも、自分が出ちゃうというか、取り繕えない感じがありましたね。20歳のときの初高座から11年ぶりに落語をやってみて思ったのは、やっぱり落語は話芸だということです。お芝居のように役に入って演じるのではなく、どういうテンポで、どういう間合いで話したらおもしろくなるのかを追求する芸なんですよね。それだけに、高座に上がるときも「本当にこれでおもしろいのかな?」と不安を抱えていました。

──役ではなく、あくまで話し手本人が軸になる。だから、演芸の世界では「人(にん)」(その人の持つ個性や雰囲気)が大事だといわれたりするんでしょうね。南沢さんもその点は意識されていたのでしょうか。

南沢 すごく意識しましたね。『厩火事(うまやかじ)』という話では、メインの女性のキャラクター「お崎さん」が好きだったので、その気持ちを大切にしました。大きく筋は変えずに、その女性キャラクターが話の軸に見えるようにしたんです。女性目線の話って少ないんですけど、自分がやるなら、そのほうがおもしろくなるんじゃないかと思って。

最初は、私が落語を教わった柳亭市馬師匠の話を、そのままコピーするくらいのつもりだったんです。とにかく上手にやろうとしていたというか。でも、立川談春師匠に稽古をつけていただいたときに、「亭主にこう言われて、お崎さんはどういう気持ちなの?」と聞かれて。「役者ならどう考えるか」という方向で指導していただいたおかげで、キャラクターの思いまで考えて、自分なりにアレンジしながら生きた存在にしようという意識になりました。

一歩踏み出さないと、知ることができない世界がある

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──言葉にしたり、演じたり、ひとつの「好き」を突き詰めていくと、対象の見え方も変わってくると思いますが、そもそも何かを好きになるのも意外と難しい気がします。南沢さんは、読者や登山などにも魅了されていますが、どのように好きになるのでしょうか。

南沢 昔から好奇心は強くて、シンプルに、触れたことのないものには全部興味があるんです。なんでも一回はやってみたい。そこから自分の性に合っているものに絞られていくんだと思います。だから、ゴルフとかサーフィンとか、ずっと興味はあるけれど体験できていないものもけっこうありますね。

──興味はあっても、勝手に敷居が高いものだと思ってしまったり、ちょっとおっくうになったり、最初の一歩ってハードルが高いですよね。

南沢 そうですね。でも、一歩踏み出さないと、知ることができない世界がある。そう感じたのも、落語がきっかけでした。初めて寄席に行ったときは本当に緊張したし、「何を着ていけばいいんだろう?」なんてソワソワしていましたが、ひとりで行ってみたら、何も心配するようなことはなかった。

慣れないところで困っていたら、助けてくれる人がいるし、そこから人とつながって輪が広がっていくこともあるんですよね。その経験があるので、ほかのことに対しても一歩踏み出してみようと思えるようになりました。

──思いきって落語の世界に飛び込んだことが、成功体験になっているんですね。そこから「好き」を深めるには、自分なりの楽しみ方を見つけることもポイントかと思いますが、南沢さんはどんなところに目を向けていますか?

南沢 自分の心の変化ですかね。本を読んだあとの読後感、登山の達成感や疲労感、落語を聞いて心が軽くなった感じ、そういう心の動きがおもしろいなと思います。プロレスも観るんですけど、試合を観終わったあとのワーッとエネルギーが湧いてくる感じが好きなんです。

──そういった心が動いた瞬間を見つめることで、自分や対象についての認識が深まっていくんですね。

南沢 そうですね。本を読んでいても、何かに共感したり、「こんな人がいるんだ」と違いを感じたりしていると、どこか自分に立ち返ってくるところがあって、それも楽しいんです。

以前は成長に捉われて、サボれなかった

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──「サボり」についても伺いたいのですが、たとえば、パソコンに向かって文章を書いていて、サボりたくなる、逃げ出したくなるようなことはありますか?

南沢 あります、あります。最近は、いさぎよく「はい、やめ」って切り替えられるようになってきたので、一回外に出て散歩しに行ったり、「もう今日はおしまい」となったらお酒を飲んだりしちゃいます。

──ダラダラ作業するよりいいかもしれない。サボり上手ですね。

南沢 でも、もともとサボりが苦手だったんです。休みの日も、「何か仕事につながることを勉強しなきゃ」とか、「尊敬できる先輩と会って話を聞かなきゃ」とか、常に成長していないといけないと思っていたので。それがようやくサボれるようになったというか、成長など関係なく、好きに読書したりできるようになりました。

──息抜きとして効果を感じていたり、ハマっていたりすることはありますか?

南沢 体を動かすのが好きで、サウナも好きなんですけど、最近、それが一気にできる「ホットヨガ」というものを発見したんです。昔からありましたけど、自分の中では、「汗をかきながら体も動かせる、一石二鳥じゃん!」って(笑)。それで、ホットヨガにハマっています。

──ホットヨガを「サウナ×運動」だと紹介されたことがなかったので、すごく新鮮に感じます。やっぱりデトックス感みたいなものがあるのでしょうか。

南沢 めちゃくちゃ汗をかけます。あと、ヨガでは「自分の呼吸を意識してください」とすごく言われるんです。自分の内側を意識して、普段考えている雑念などを全部呼吸で出してください、みたいな。そうすると、本当に仕事のことや悩みなどが、全部一回なくなる感じがする。

10年ぐらい前にもホットヨガをやっていたんですけど、そのときはじっとしていることに耐えられなかったんですよね。でも、久々にやってみたら、無心でいることに耐えられるようになっていました。

緑の世話と歯磨きが癒やしの時間

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──何かを楽しむには、出会うタイミングも大事なんですね。もっと日常のささやかな息抜きというか、癒やしなどはありますか?

南沢 観葉植物の世話をしている時間は好きですね。見ていてすごく癒やされるし、「あれ、葉っぱ出てる?」みたいな成長も感じるので、かわいくて。家の中に何か変化する存在というか、生命力があるって、すごくいいなと思います。

夏はベランダで野菜を育てたりもするんですけど、夏の野菜の成長力もすごくて。朝出かけて帰ってきたら、「えっ、私の身長越えてる!?」みたいなこともあって、その成長がすごくうれしいし、心癒やされます。

──たしかに、家にいると部屋が汚れるとかゴミが溜まるとか、ネガティブな変化が目につくものなので、ポジティブに変化していくものがあるっていいですね。緑に触れているときが、無心になれる瞬間なんですね。

南沢 もっとしょうもないことだと、夜、歯磨きをしている時間は好きですね。10分くらいかけてしっかり磨いていると、無心になれます。その時間は歯磨きだけに集中して、1本1本の歯と向き合ってる(笑)。そうすると、目覚めの爽快感が全然違うんですよ。

──「歯磨きの向こう側」があるんですね。

南沢 個人的な意見ですけどね。でも、それに気づいてから、歯磨きがやめられなくなりました(笑)。

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撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平

落語を愛してやまない南沢奈央さんによるエッセイ集『今日も寄席に行きたくなって』

落語との運命的な出会い、立川談春師匠からの意外な「ダメ出し」、蝶花楼桃花さんの真打昇進までの半生記、伝説の超大作『怪談牡丹灯籠』、自身が高座に挑戦した演芸会など、南沢さんの落語愛がつまったエッセイ集『今日も寄席に行きたくなって』(新潮社)が発売中。

202310|今日も寄席に行きたくなって|355331|書影帯付

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