「出会いを大切にしながら、自分と向き合っていく」塩谷歩波のサボり方

サボリスト〜あの人のサボり方〜

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クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト〜あの人のサボり方〜」

今回お話を伺ったのは、建築図法を活用して銭湯を描いた「銭湯図解」が話題を集めた塩谷歩波さん。詳細なだけでなく温かみも感じられる図解の描き方や、絵を仕事にするまでの歩み、リフレッシュにまつわる哲学などを語ってもらった。

塩谷歩波 えんや・ほなみ
画家。早稲田大学大学院(建築専攻)修了後、設計事務所、高円寺の銭湯・小杉湯を経て、画家として活動を開始する。2016年より建築図法「アイソメトリック」と透明水彩で銭湯を表現した「銭湯図解」シリーズを SNSで発表。2019年にシリーズをまとめた書籍『銭湯図解』が発売されたほか、TBS『情熱大陸』など、多くのメディアにも取り上げられた。現在はレストラン、ギャラリー、茶室など、銭湯に留まらず幅広い建物の図解を制作している。ゲスト出演したテレ朝動画『小川紗良のさらまわし』が、3月11日(金)17時〜logirlにて配信予定。

どん底の気分から救ってくれた、銭湯との出会い

──塩谷さんが「銭湯図解」をきっかけに絵をお仕事にするまでには、いろいろな体験や出会いがあったそうですね。

塩谷 はい。大学で建築を学び、設計事務所で働いていました。でも、大学時代に思うような成績が取れなかった悔しさなどから、がんばりすぎて体調を崩してしまったんです。病院の先生に3か月休職するように言われて、「もうこの業界でやっていくのは無理かもしれない……」とだいぶ落ち込みました。

そんなときに、同じように休職していた知り合いに誘われて、銭湯に行ったんです。久しぶりの銭湯は、身も心も疲れていたこともあり、めちゃくちゃ気持ちよくて。「こんなにゆっくりできるの、久しぶりだな」ってすごく感動したんですね。そこから、いろんな銭湯に行くようになりました。

──そのよさをイラストで表現しようとして、「銭湯図解」が生まれたと。

塩谷 当時、友達とTwitterで交換日記のようなことをしていたんですけど、その子に自分が好きな銭湯について知ってもらおうと思って描いたのが、「銭湯図解」なんです。その絵が銭湯好きの方々の目に留まって。「いいね」をもらえたのがうれしくて、どんどん絵を描くようになったという感じですね。

最初は走り描きみたいなものでしたけど、反応をもらううちに「私が銭湯で感じたよさはこんなものじゃない」「もっと描ける」と、自分が感じたものをよりよく伝えたくなって、試行錯誤するようになりました。最初から建築図法は使っていましたが、浴室をきちんと測量し、より詳細に描くようになったり、水の光の照りを描こうと工夫したり。

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高円寺の銭湯「小杉湯」の銭湯図解

建築と銭湯、共通するもの、違うもの

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──「銭湯図解」を描き始めたことで、実際に「小杉湯」という銭湯で働く経験もされているんですよね。

塩谷 いろんな銭湯さんから図解のご依頼をいただくようになるなかで、小杉湯の3代目と親しくなったのがきっかけです。ハウスメーカーの営業をされていたこともあり、銭湯を戦略的に盛り上げようと考えているような方で。私も建築の知識を活かして、銭湯で何かできないか考えていたので、すごく仲よくなったんです。

復職したものの、やっぱり体調がついていかないという時期で、そのことを3代目に相談したら「うちで働けば?」と誘ってもらえたので、思い切って転職することにしました。受付や掃除といった業務はもちろん、イラストつきのPOP作り、メディア取材やイベント対応といった広報業務、自主イベントの企画など、いろんなことをやらせてもらいましたね。

──設計事務所とは異なる分野で働いてみて、得たもの、感じたことなどはありますか?

塩谷 分野は違いますけど、銭湯の仕事は建築に通じる部分も多かったと思います。建築を学んでいたとき、場所や家族構成などの設定をもとに「この家族にとって住み心地のいい家とは?」といった課題に取り組んでいましたが、小杉湯でも「この問題を解消するために、こんなイベントをやってみたらどうか」といった頭の使い方をしていたので。

違いを感じたのは、物事の進み方や距離感ですね。建物が建つまでには何年もかかりますけど、銭湯では絵を描いたら翌日には「いいね」と言ってもらえるような早さや近さがありました。あと、建築は多くの人の手を介してひとつの建物ができ上がりますけど、絵だったら「これは私の作品です」と堂々と言えるのもうれしかったですね。

描きたいのは、人が楽しんでいる幸せな空間

──「銭湯図解」は、銭湯を楽しむ人たちが生き生きと描かれていることも魅力のひとつですよね。その点についてのこだわりはありますか?

塩谷 建築の絵はあまり人を描き込まないのですが、大学での師匠に当たる方から「絵の中に人がいなかったら、建築、死んでるよね」と言われたことがあって。ずっとその言葉が心に残っていて、「銭湯図解」でも人を描くようになったんだと思います。

それと、もともと奇抜な形の建築よりも、人が集まる様子や物語が感じられる建築のほうに惹かれるタイプだったので、人が楽しんでいる幸せな空間を描きたいという気持ちが、絵に表れているのかもしれません。

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国立の銭湯「鳩の湯」の銭湯図解

──絵に描かれた人々の様子は、実際に銭湯で見た光景がベースになっているのでしょうか。

塩谷 そうですね。子供がお風呂を出た瞬間にパッと逃げて、お母さんがタオルを持って追いかける場面など、銭湯でよく見かけるシーンを絵にすることは多いです。取材で銭湯に行ったときも、一番うれしくなるのはハプニングに遭遇したとき。人との出会いも、銭湯のよさだなって思います。

中にはクセの強いおばちゃんもいたりして、地方の銭湯で「背中洗ってあげるわよ」って、自分の体をめっちゃ洗ったタオルをそのまま背中に持ってこられたこともありました(笑)。「さすがにそれは……」と思いましたけど、そういうハプニングがあると、なんだかうれしくなっちゃうんですよね。

──実際に体験したこと、感じたことが表現されているので、より親しみを覚えるんでしょうね。

塩谷 本にするときも、その銭湯の情報というよりも、私が感じたその銭湯のよさや、そこに置いてきた感情、帰りに食べた焼き鳥がおいしかったといった思い出をちゃんと伝えたいと考えていました。

描くものも、描き方もどんどん広げていく

──ちなみに、塩谷さんが「いい銭湯だな」と感じるのは、どんな銭湯なのでしょうか。

塩谷 2パターンあるんですけど、ひとつは大切に使われていることがわかる銭湯ですね。掃除も行き届いていて、自分の銭湯を愛してるんだなって伝わるような銭湯。もうひとつは、とんでもなく建物がいい銭湯。すごみを感じるような、歴史のある古きよき銭湯はカッコいいと思います。

──現在は独立して絵を仕事にされていますが、銭湯以外のものを描いていて、違いを感じることなどはありますか?

塩谷 そこに息づく人を描くということは変わらず大切にしていますが、シンプルに「服を描くのって大変だな」と思うことはありますね(笑)。「なんで服なんか着てるんだろ?」って理不尽なことを考えたりしちゃいます。

あとは、「この劇場のスタッフを全員描いてほしい」とか、その場に関わる一人ひとりに愛情を込めたご依頼が増えたのは、すごくうれしいです。以前は説明や紹介のためのツールとして図解が捉えられていたけれど、だんだん絵としての価値を認めてもらえるようになったのがありがたくて。

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ベーカリーカフェ「サンジェルマン」の図解

──今後の展望として、描いてみたいものなどについて聞かせてください。

塩谷 これからもご依頼いただいたものを描くのはもちろん、自分で「描きたい」と思えるものも見つけていきたいと思っています。今、興味があるのは、寺社仏閣ですね。京都の三十三間堂に千手観音がずらっと並んでいたりするのを見ると、「描きたい……!」って思うんです。大変そうなものほど描きたくなるというか。

あとは海外の建物、世界遺産も描いてみたいし、車の断面なんかも描いてみたい。どんどん描くものの幅を広げていきたいし、図解にこだわらず、表現の幅も広げてみたいと思っています。

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日本茶スタンド「Satén japanese tea」の図解

巡り巡って、生活がサボりになった?

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──銭湯はサボりやリフレッシュの定番ツールでもあると思いますが、塩谷さんはどのように銭湯を楽しんでいたんですか?

塩谷 小杉湯で働いていたころは、週8くらいで銭湯に行っていましたね。毎日小杉湯に入るのと、小杉湯+別の銭湯で1日に2回入る日もあったので(笑)。あつ湯に入ってから水風呂に入るという交互浴がすごく好きなので、それを繰り返しながら1時間半くらいしっかり楽しむんです。

それこそコロナ前は、ランニングをしてから銭湯で汗を流して、お酒を飲んで帰るのが好きでしたね。銭湯の番頭さんに「このあたりにおいしいお店はないですか?」って聞いたりして。

──サボりやリフレッシュというより、生活の一部だったんですかね。今のほうが銭湯をリフレッシュとして楽しめたりするのでしょうか。

塩谷 今でも銭湯は好きですけど、最近は「無理に切り替えなくてもいいんじゃないか」と思うようになってきたんですよね。独立してひとりで過ごす時間が長くなると、怒りや悲しみの感情を引きずってしまうこともあるんですけど、無理に切り替えようとすると逆にストレスが溜まる気がして。

生活をしていても、銭湯に行っても、その感情を捨てずに煮詰めていく。そうすると、だんだんネガティブな感情が消えたり、問題の捉え方が変わったりするんですよ。絵がうまく描けなくてムカムカしていたのが、「今は成長のタイミングだから、もっとうまくなるはず!」って思えるようになるとか。

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──息抜きの必要がないということではなく、大事なのは向き合うべき感情から逃げないということですかね?

塩谷 そうですね。お茶が好きなんですけど、自分でお茶を淹れて飲んでいると頭がフッと落ち着くので、そういう時間は好きですし。でも、息抜きすら大事にしていない時期もありました。以前は絵を描くことを重視しすぎて、生活を外に追いやっていたんです。家のお風呂場をクローゼットにしたり、洗濯もコインランドリーで済ませたり……。設計事務所時代ほどじゃないですけど、同じように絵だけを優先してしまっていて。

最近になってようやく、生活を充実させると、意外と仕事も充実することがわかってきたんですよね。今では必要以上に自炊したり、お風呂掃除に異常に時間をかけたりするようになりました。

──仕事を中心とした一日の中に、「生活」というサボりを取り入れるようになったとか……?

塩谷 そうなんですよ。家事をするようになってから体調がよくなり、朝、ランニングするようになって体力がつき、頭も冴えるようになりました。仕事の効率を上げることを追求していたら、結果的に「普通の暮らし」にたどり着いたというか。「生活」を再発見しましたね(笑)。

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撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平

サボリスト〜あの人のサボり方〜
クリエイターの「サボり」に焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載。月1回程度更新。

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