「先入観を洗い直し、枠組みからものを考える」大川内直子のサボり方

サボリスト〜あの人のサボり方〜

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クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」

今回お話を伺ったのは、株式会社アイデアファンドの代表として文化人類学の手法をビジネスの分野で活用し、調査や分析を行っている大川内直子さん。文化人類学的な思考がもたらす調査の特徴や、日常を変えるヒントとは?

大川内直子 おおかわち・なおこ
佐賀県生まれ。東京大学教養学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。専門分野は文化人類学、科学技術社会論。学生時代にベンチャー企業の立ち上げ・運営や、マーケットリサーチなどに携わった経験から、人類学的な調査手法のビジネスにおける活用可能性に関心を持つ。大学院修了後、みずほ銀行に入行。2018年、株式会社アイデアファンドを設立、代表取締役社長に就任。著書に『アイデア資本主義 文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア』(実業之日本社)がある。

 

ビジネスの現場で知った文化人類学の可能性

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──まず、文化人類学をビジネスに活用するようになった経緯について聞かせください。

大川内 大学の学部時代から文化人類学を専攻していて、そのころに「ビジネス人類学」という領域があり、海外では文化人類学者が企業で活躍しているということを知ったんです。ただ、当時は文化人類学の役に立たなそうなところがおもしろいと感じていたので、自分がビジネスに活用するなんて思っていませんでした。

──大川内さん自身は、もともと研究者肌のタイプなんですかね?

大川内 そうですね。大学に残って研究するほうが肌に合っているだろうなと思っていました。そんなときに、たまたまアメリカのGoogleの依頼で、日本で人類学的調査をする仕事をしたことがあったんです。あらゆるデータを持っている最先端の企業が、文化人類学の泥臭い手法や知見を必要としていることに衝撃を受けると同時に、文化人類学の可能性を肌で感じました。

──そのときはどんな調査を行ったのでしょうか。

大川内 日本の若者がどのようにスマートフォンを使っているのか調査しました。高校生や大学生の家に行かせてもらい、その様子を観察するんです。データだけではスマホを使っていない時間のことや、使っているときの姿勢や反応はわからないじゃないですか。データからは見えない部分を調査するという体験自体がすごくおもしろいと感じました。

──それで大学の外に出て働くという道も意識するようになったと。

大川内 ほかにも同じような海外企業の案件をお手伝いすることがあり、日本でも海外企業をクライアントに文化人類学の調査を提供していくことは可能だなと思いました。あくまでも自分ひとりが生活していくレベルですが。

それに、今後は日本でも大学の人材とビジネス界の人材が混ざり合い、相互作用していくような気がしていたので、一度外の世界でがんばっても、また研究がやりたくなったら大学に戻れるんじゃないかという気持ちもありましたね。

──銀行に就職されたのも、先を見据えてのことなんですか?

大川内 そうですね。学生ベンチャーをやっていた経験がのちの起業につながるんですけど、学生のまま起業しても、組織におけるものごとの決め方や進め方、お金の流れなどがわからない。それで、組織や金融について学ぼうと、銀行に就職しました。

ただ、いざ入ってみると銀行の仕事がすごくおもしろくて。周囲も優秀な方ばかりで、ずっと勤めてもいいかなとも思っていました。でも結局、失敗しても成功しても、自分にしかできないことをやってみたいと思い、「アイデアファンド」を立ち上げたんです。

先入観に捉われず、丁寧に観察する

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──社名に「アイデア」と入っていますが、起業時から文化人類学的調査をビジネスの世界で行うだけでなく、アイデアにつなげるという部分を意識されていたのでしょうか。

大川内 銀行にいたとき、大学院とはあまりに違う時間の流れの早さに衝撃を受けました。そこから、資本主義について考えるようになったんですね。私が出した『アイデア資本主義』という本のコンセプト(※)も、このときに頭の中にあったもので。それで、文化人類学を通じてアイデアを生み出し、少しでも社会をおもしろくする活動をしたいと思うようになったんです。

※物理的なフロンティアの消滅に伴い、アイデアが資本主義の新たなフロンティアとして台頭し、よいアイデアに資本が集まる社会になること

──調査にはいくつか手法があるようですが、どのようなスタイルが基本なのでしょうか。

大川内 基本的には泥臭いフィールドワークですね。現場に行って観察し、お話を聞く、みたいな。調査期間はだいたい2カ月ほどで、プロジェクトの内容や目的に応じて1日だけの視察もあれば、4カ月くらいかける場合もあります。

ただ、コロナ禍に入ってそれが難しくなったこともあり、ビッグデータをフィールドに見立てた調査も行うようになりました。商品の購買データだけでは見えなかったものも、テレビの視聴ログ、スマホの利用履歴などを組み合わせていくと、人の行動が立体的に見えてくるんですよ。

──調査をして報告するまではどのような流れになるんですか?

大川内 まず、調査方法をデザインするところから始めています。一般的なリサーチ会社のアンケート調査のように数を集めるのではなく、誰を対象にどういう順番でどのくらいの時間をかけて調査するのが効果的なのか検討するんです。文化人類学の調査はたくさんの人を対象にはできませんが、そのぶんおもしろくて意味のある調査ができるよう、対象をピンポイントで洗い出していきます。

また分析にも時間をかけていて、仮説や先入観に捉われず、調査で集めたたくさんのファクトをもとにさまざまな可能性について議論しています。

──誰を対象に、いかに観察するかは文化人類学の知見が活きるポイントですね。

大川内 そうですね。おもしろいものに気づけるかスルーしてしまうかは観察者次第ですし、観察中に仮説の修正・再構築ができるかどうかも勝負の分かれ目で。その上でAさんというターゲットに向けて商品を作るなら、だんだんAさんという人物の顔が見えてくるというか、行動パターンや考え方が浮かび上がってきて、Aさんの行動理論が作れたらいいなと思っています。

──そうしてターゲットの人物像を提示するだけでなく、アイデアと結びつけて提案するようなこともあるのでしょうか。

大川内 私たちだけでアイデアを出すのではなくて、クライアントと一緒にアイデアを出していくことが多いです。ターゲットのインサイト(行動の根拠や動機)とクライアントが持つ技術や顧客網を組み合わせると、どんな新商品が考えられるのか、とか。

他人を知ることが、自分を知ることにつながる

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──文化人類学的なアプローチが機能したケースとしては、どんなものがありますか?

大川内 大手家電メーカーさんの家電修理サービスの調査なんですけど、商品の故障やトラブルに対して修理対応する部門があるので、もっと活躍させてアピールできるようにしたいというご相談でした。でも、調査でわかったのは、顧客は修理が必要になった時点でかなりマイナスの気持ちを抱くということだったんです。

修理サービスを提供する側としては、壊れたものを修理すれば喜ばれるという前提だったのが、顧客にしてみれば商品が壊れた時点で「不良品だったのでは?」と感じるし、直ったところで新商品を買ったときのような喜びもない。こうして問題のフレームから考え直す必要があるというところから議論できたときは、文化人類学のよさが活かせたなと思います。

──先入観を捨てて立ち止まって考えたり、注意深く観察したりすることは、ものの見方や考え方を見直すためのちょっとしたヒントになるような気もしました。

大川内 人間の考えとか行動って経路依存性が強いので、ルーティン化されやすいんですよね。それは合理的に生きるために必要な進化だと思うんですけど、行き過ぎると凝り固まってしまう。そこで、あえてでき上がった“自分の中の経路”を変えてみる、つまり考え方の枠組みを変えてみることも重要だと思います。文化人類学がそういったアプローチに強いのは、さまざまな社会を調査してきたからなんです。

たとえば、西洋の文化人類学者によるアフリカの民族調査は、現地の常識などに捉われず観察できた一方で、自分たちの常識を見直す自己批判にもつながっていきました。人と比べることで自分もわかるというフィードバックを続けてきたんです。

私たちが日本で調査する場合、外部の視点は持てませんが、視座を変えたり広げたりするための工夫として、先入観を洗い出すようにしています。この人ならこういうことを言うだろう、こういうことが好きだろう、といった先入観を洗い出し、調査で答え合わせするんです。そこで覚えた違和感を掘っていくと、本質や発見にぶつかるというか。

──そうやって一度先入観を見直すと、人に対する印象なども変わってきそうですね。

大川内 そうですね。人が生きる術としても、文化人類学は役立つんじゃないかと思っていて。私も個人的にはコミュニケーションってあまり得意じゃないんです……(笑)。でも、文化人類学者の心で他者を理解し、自分も理解することでなんとかやっていけている。

自分の中に「人間事典」みたいなものがあって、「この人はこういうカテゴリーの人かな?」「同じカテゴリーの人でもこういう違いがあるんだな」とか、書き込んだり書き換えたりしているんです。あまりいい趣味とはいえませんが……私はこの事典なしでは人間関係を構築できないと思いますね。

日常のルーティンを取っ払いたい

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──大川内さんも、サボりたいなって思うことはありますか?

大川内 サボってる時間、仕事の時間、趣味の時間みたいなものが三位一体というか、あまり区別できていないかもしれません。仕事といっても、中長期的に会社の方向性とか依頼されている講演の内容とかを考えていることもあって。「こういうことをしたいな」って考える時間は、自由に頭を使って夢想している趣味の時間でありつつ、ある意味では事業計画にもつながっている。そういうイメージですね。

──じっくり考える時間をリフレッシュにあてるようなこともあるのでしょうか。

大川内 場所や時間軸を変えるようなことはやっていますね。午前中にブルドーザーのように溜まったタスクをガーッと処理して、午後は場所を変えて2時間だけ本質的なことを考える時間にしよう、とか。両方うまくできるとリフレッシュになるし、満足感もあるんです。

──では、単純にやっていて夢中になるもの、好きな時間などはありますか?

大川内 パズルがすごく好きで。数独やジグソーパズル、ナンプレ、フリーセルなんかを無心で解いている時間は好きですね。うすーく脳が冴えている状態でものを考える時間にもなっているので、安らいでいるのかわかりませんが。

──この連載では、無心になる時間やぼーっとする時間を設けることで、ぼんやりとした考えがアイデアに結びつく、とおっしゃる方もいるのですが、それに近いのかもしれませんね。ほかに息抜きはありますか?

大川内 もともとはひとり旅が好きでした。場所を変えて自分の中の当たり前を洗い直して、考え方のパラダイムを変える、ある種の息抜きとして旅をしていたんです。子供が生まれてからはそうもいかなくなったので、土日だけ子供と田舎のほうに行って緑を楽しんだりしています。田舎育ちなので、「山に帰りたい」という衝動が常にあるんですよ。

──慣れ親しんだ空気を感じたいというか。

大川内 たぶんそうですね。資本主義の最先端みたいな東京にいて、その合理性に適合している自分にイライラしてしまうというか。それこそ、経路依存的な状況に陥っているので、それを取っ払うために土日だけでもがんばっているんです。

──ささやかでも、あえてルーティンを崩してみるのって、自分の中の枠組みをずらすことにちょっとつながりそうですね。

大川内 そう思います。いつも通り過ぎている駅で降りてみるとか、近所の知らない道を歩いてみるとか、そういうことでも気づきはあるというか、おもしろいですよね。

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撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平

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