「どんなときでも、人に寄り添う気持ちを忘れない」浅田智穂のサボり方

サボリスト〜あの人のサボり方〜

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クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」

近年、映画やドラマの世界では、性的描写などのセンシティブなシーン(インティマシー・シーン)において、俳優の安全を守りながらスタッフの演出意図も最大限実現できるようサポートするスタッフ「インティマシー・コーディネーター」の存在が注目されつつある。

今回は日本で数少ないインティマシー・コーディネーターである浅田智穂さんに、その仕事の内容や自身の働き方について聞いた。

浅田智穂 あさだ・ちほ
1998年、ノースカロライナ州立芸術大学卒業。帰国後、エンタテインメント業界に通訳として関わるようになり、日米合作映画『THE JUON/呪怨』などの映画や舞台に参加。2020年、Intimacy Professionals Association(IPA)にてインティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了。日本初のインティマシー・コーディネーターとして、映画『怪物』、ドラマ『エルピス—希望、あるいは災い—』(カンテレ・フジテレビ系)、『大奥』(NHK)などの作品に参加している。

自分が新しいことに挑戦するとは思わなかった

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──どんなきっかけでインティマシー・コーディネーターになられたのでしょうか。

浅田 大学時代に舞台芸術を学んでいたこともあり、ずっとエンタテインメント業界で通訳の仕事をしてきました。それが、コロナ禍になって仕事がなくなってきたころに、以前一緒に仕事をしたことのあるNetflixの方からご連絡いただいて、『彼女』という作品で出演者もNetflixもインティマシー・コーディネーターの導入を希望しているのだけれども、日本にはいないので「浅田さん、興味ありますか?」とお声がけいただいたんです。

養成プログラムは英語圏でしか受けられず、応募するには現場経験も必要だったため、英語ができて現場も知っているということで、ご連絡いただけたんだと思います。

──それまではインティマシー・コーディネーターについても知らなかったんですか?

浅田 そうなんです。当時40代半ばで子育てもしていましたし、自分が新しいことに挑戦するなんて思いもよりませんでした。絶対大変だと想像できたので悩みましたが、日本の映像業界の労働環境にはまだまだ問題があると感じるなかで、自分の手で少しでも改善できることがあるのなら意味のある仕事だなと思い、挑戦してみることにしました。

──プログラムでは何を学ばれたのでしょうか。

浅田 ジェンダー、セクシャリティ、ハラスメントのほか、アメリカの俳優組合のルールや同意を得ることの重要性などについても勉強しました。監督や俳優とのコミュニケーションの取り方、ケーススタディ、あとは、前貼りのような性器を保護するアイテムの使い方や安全な撮影方法など、現場での具体的な対応についてもいろいろ学びました。

──アメリカでも#MeToo運動(※)をきっかけに注目されたそうですが、それほどノウハウが確立しているんですね。

浅田 そうですね。海外の作品ってインティマシー・シーンも激しくやっているように思われがちなんですが、全然そんなことはなくて。触っているようでクッションを入れているとか、アンダーヘアが見えているようでウィッグを使っているとか、お芝居と割り切ってプロフェッショナルに徹しているんです。そういった実情は日本の現場でもよく話しています。

※セクハラや性的暴行などの被害体験を、ハッシュタグ「#MeToo」を使用してSNSで告白・共有した運動。2017年にアメリカから世界に広がった。

日本で活動するために設けた3つのガイドライン

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──浅田さんは実際にどのように作品に関わられているのでしょうか。

浅田 依頼が来た際には、まず私が設けている3つのガイドラインを一緒に守っていただけるプロダクションと仕事をしたいとお伝えします。アメリカのように細かい労働条件が決まっていない日本でインティマシー・コーディネーターのルールだけを持ち込んでもうまくいかないので、最低限のガイドラインを設けているんです。

それはまず、必ず事前に俳優の同意を得ること。強制強要しないということが第一です。次に、必ず前貼りをつけること。カメラのフレーム外であっても性器の露出をさせないということです。衛生面、安全面、それから共演者や周囲のスタッフへの配慮として必ずつけていただきます。3つめは、クローズドセットという必要最小限の人数しかいない現場で撮影をすること。映像をチェックするモニターも通常より減らします。この3つを一緒に守っていただける意思が感じられない作品はお断りしています。

──撮影前の確認事項が大事なんですね。

浅田 はい、そうです。その上で台本を読み、インティマシー・シーンと思われる場面をすべて抜粋し、確認します。「そのままベッドへ」とあれば、その続きがあるのか、あるのなら布団をかけているのか、服を脱いでいくのかなど、監督にどういうシーンかお伺いするんです。

次にキャストのみなさんと面談し、各シーンについて確認します。そこで「そこまではできない」といった声があれば監督に戻し、撮影方法や内容を見直しながら双方が納得できるかたちを相談します。

あとは、同意書のサポートや、演出部、メイク部、衣装部といったスタッフとの打ち合わせ、共演者がいる場面でのお互いの許容範囲のすり合わせなどがあります。

──それから撮影に入ると、現場も監修されるわけですよね。

浅田 はい。まずクローズドセットが守られているかなどをプロデューサーと確認します。あとは、キャストに不安がないか確認しつつ、現場の人数や体制によって、私が前貼りを担当したり、近くでバスローブを持ったりすることもあります。当然、現場で撮影していると演出上の課題が出てくることはあるので、監督が私を介してキャストに伝えたいことがあれば間に入ったりもしますね。

──現場の方々に理解され、受け入れられるのも大変そうです。

浅田 そうですね。今までにないポジションの人間が急に入って、確認作業も増えるわけなので。俳優側には私に脱ぐように説得されるのでは、と思われる方もいましたし、監督側にも私にインティマシー・シーンを止められると思っていた方がいました。でも、それは想定の範囲だったので、なんとか乗り越えようと。

それに、「ルールを守らなきゃ」といったイヤな緊張感が現場に漂うこともありましたが、一度一緒に仕事をして、インティマシー・コーディネーターの役割を理解していただくと、そんなに神経質にはならなくなるもので。ルールさえ守っていれば普通に和やかに撮影して問題ないと、だんだんわかってもらえるようになりました。

「安心できた」の声がうれしい

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──日本の現場に参加されるにあたって、心がけていることはありますか。

浅田 同意を得るにあたって、「ノー」と言いやすい環境を作ることですね。できないことをできないと言うからこそ、できることがあるわけで。面談をするときも、ちょっと悩まれている俳優が断りやすくなる環境を大切にしています。

現場でも「あれおかしいんじゃない?」と思ったら誰でも言えるような環境にしたいんです。クローズドセットで人数を制限していても、それをちゃんと理解されていない方がいるときもあります。そんなときも、まわりの人が告げ口じゃなくて「入っちゃいけない人だよね?」って私に聞けるような空気にしたいと思っています。

──仕事とはいえ、センシティブなことについて人に話すのはなかなか難しいと思います。コミュニケーションにおいて意識していることなどはありますか。

浅田 私はたぶん、本当に人が好きなんですよね。新しく人と出会ってお話しできるのは財産だと思っています。ただ、いきなり「インティマシー・コーディネーターです」と言っても信頼してもらえるわけではありません。話せること、話せないこと、人それぞれです。俳優が監督の希望する描写をできないと言ったとき、まずは顔色を見て聞けそうなときに理由を聞くようにしています。そして解決できない理由なら、それ以上は詮索しません。

あとは、できるだけ知識を増やし、リサーチすること。年配の監督からしたら、私なんかは新参者の小娘なんですよね。だから、彼らと話す上で説得力を持たせるためにも、経験や知識を蓄えることは大切にしています。キリがないので全部は難しいんですけど、監督の過去作などもできるだけ観るようにしています。

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──そうした取り組みや働きかけが実を結び、やりがいを感じられる場面もあったのでしょうか。

浅田 俳優は、別の作品でやったことはできると思われてしまったりもするんですけど、作品ごとに役も話も違いますし、どのような不安をお持ちなのかわかりません。なので、私はこれまでのことは関係なくサポートして、「なんでも相談してください」とお伝えするようにしています。その結果、「不安がなかった、安心できた」と言ってもらえるとすごくうれしくて。

それに、過去のインティマシー・シーン撮影の経験で苦しんでいるスタッフの方もいます。おかしいと思うことがあっても、自分からは何も言えなかった、何もできなかったと告白されることもあります。でも、俳優の同意が取れているとわかっている現場なら、スタッフの不安も減って、安心して自分の仕事に集中できると思うんです。

──結果として、作品に関わる人たちみんなにいい影響を与えられるんですね。

浅田 そういう意味で驚いたのは、作品を観たお客さんからの「インティマシー・コーディネーターがいてよかった」といった声がSNSに上がっていたことです。自分の好きなタレントや俳優が、安全な環境でイヤなことをさせられていないとわかると、すごく安心だしうれしいという反応があるとは思っていませんでした。それだけに、私の名前がプロダクションにとってのアリバイにならないよう、責任を持って仕事をしなくてはいけないとも思います。

──では、インティマシー・コーディネーターという仕事や、ご自身についての今後の展望などはありますか?

浅田 今、日本には私を含めてふたりぐらいしかインティマシー・コーディネーターはいないんです。それだと、年間数十本くらいの作品しかカバーできないんですけど、日本映画だけでも年間で600本くらい作られている。絶対的にインティマシー・コーディネーターが足りていないので、私のほうで育成も進めようとしています。ただ、とにかく現場の仕事で忙しいので、思うように準備が進みません……。

リラックスするために、知っているところへ行く

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──それだけお忙しいとサボるヒマなんてないですよね……。

浅田 そうなんですけど、そもそもワーカホリックなところがあるかもしれません。仕事とプライベートの切り替えが下手で。やっぱり好きなことを仕事にしていると、なんでも仕事につなげちゃうんです。仕事に関連する作品をチェックしている時間も、仕事なのかプライベートなのかよくわからないというか。

──では、シンプルにリフレッシュできることはどんなことなのでしょうか。

浅田 最近はあまり行けていないのですが、家族旅行ですね。行ったことのないところに行こうとすると、またリサーチに夢中になってしまうので……リラックスしたいときはなじみのあるところに行きます。

一番リラックスできるのは、キャンプと温泉。温泉は宿さえ決めればあとは食事も出てくるので、出かけることもなく宿の中で過ごします。キャンプではケータイもできるだけ見ずに、自然の中でゆっくりコーヒーを淹れて飲む時間が好きです。コーヒーは大好きなので、普段からリラックスしたいときも、気合いを入れたいときも飲んでいます。

──何も考えない時間が大切なんですね。

浅田 そうですね。普段は常に頭の中をフル回転させてしまうタイプなので、ぼーっとできないんですよ。答えが出ないようなことを考えるのが好きというか、何かを分析したいというか。無駄なことかもしれないけれど、それがどこかで役立っているところもあるような気がしています。

──何も考えない時間がリフレッシュになるように、日常で無になれる、夢中になって何かを忘れるようなことはありますか?

浅田 やっぱり家族といるときですね。自分は仕事人間だと思いますが、忙しい中でも家族と一緒にごはんを食べたり、子供が寝たあとに夫とふたりで話をしたり。私が仕事をしている横で娘が勉強したりしている時間も大切にしています。ついつい「あとでね」とか言っちゃうんですけど、宿題の丸つけだけでも彼女と向き合おうと思ってみると、こんなに楽しくて素敵な時間なんだと改めて感じることもあるんです。

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撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平

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