色褪せることのない“初めて”の思い出、メロンソーダの夜(富田望生)

エッセイアンソロジー「Night Piece」

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エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。

富田望生20208月

富田望生(とみた・みう)
俳優。2000225日生まれ、福島県いわき市出身。2015年公開の映画『ソロモンの偽証』でデビュー。主な出演作品に映画『モヒカン故郷に帰る』『チアダン』『あさひなぐ』『SUNNY 強い気持ち・強い愛』、ドラマ『宇宙を駆けるよだか』(Netflix)連続ドラマ小説『なつぞら』(NHK総合)『3A-今から皆さんは、人質です-』(日本テレビ)『ナンバMG5』(フジテレビ)、舞台『ウェンディ&ピーターパン』、KERAMAP『しびれ雲』など多数。現在、『ズームジャパン』(NHK for School)レギュラー出演中、藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ『テレパ椎』(NHK)今春放送、映画『ネメシス~黄金螺旋の謎~』331日公開予定。

ビビッドな光が走馬灯のように浮かび上がる。
走って、飛んで、見つめている。

ピンク
黄色

水色
黒。

嬉しいも、悲しいも、寂しいも。
友達とケンカするのも仲直りするのも、相談するもされるのも。
そういえば、夜。

オーディションに落ちたと連絡が来るのも、好きな人を思い浮かべて止まらないのも。
そういえば、夜が多い。

ビビッドな光が走馬灯のように浮かび上がる。
走っている。飛んでいる。見つめている。

私の“忘れられない夜”

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このエッセイの締め切りが迫る。
今晩を入れてもあと6日。

昨日、マネージャーさんに「執筆のほうはどう?」と聞かれた。
「はい! たぶん! 大丈夫です! たぶん!!」
……いや、いったいどこをどのように切り取ったら大丈夫なんだい? 全然大丈夫じゃねぇぜ?と帰り道自分にツッコんでみる。

兎にも角にもこのエッセイを書き始めなければならないのだが……忘れられない夜かぁ。
ぼけーっと考えてみても、なかなか思いつかない。
いったんNetflixで『I.W.G.P.(池袋ウエストゲートパーク)』をはさむPM10:32。
よからぬところでおもしろい。ケラケラ笑う。
エッセイに戻る。
さらにぼけーっと考えてみる。
ひとつ、思い出が飛び出してきた。
勢いよく書き進める。
1854字書き起こした!
もう少しで大まかまとまりそう!
よし、ひと晩寝かしてみよう。
起きる。
読み返す。
やっぱりこれはそっとしまっておきたいかも……となったので潔くしまう。

また、ぼけーっと考える。
締切まであと5日。

……。
……。
…………。

そうだなぁ、私は並みな人生ではないなぁ。
そんなことをふと思う。
そしてまた書き始める。
東京に来てからの11年をたどって。
1525字書き起こした!
今度こそ!
いったん前々から予定していた旅行をはさむ。
旅行といいましても、故郷へ。
一緒に行く方が初めて行くとのことで、気張ってエスコートすることに。
私のおすすめすべてを教えたくて詰め込みすぎた結果、気づいたときには締め切りまであと3日。

ぼけーっと故郷の空を見る。
星、大きさは変わらないけど、輝きが違うなぁ。
うーん、1525字書き起こしたの、なんか違うなぁ。
人様にお届けするにはちょっぴり私的な感情を出しすぎだと感じ、しまう。

旅の間に脱稿することは叶わず、帰路につく。

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東京までの車内、友部SAを過ぎたあたりで急に聞いてみたくなった。
「初めてソーダを飲んだときのこと、覚えてる?」

私が初めて飲んだのは、年中さんのとき。
友達親子と保育園の帰りにラーメンを食べた日だった。
私と友達が頼んだのは、ネギ抜きでコーンが入ってるラーメンにガチャガチャが1回できる、いわゆる“お子さまセット”。
ガチャガチャはピンクのボックスとブルーのボックス2種類あって、どっちにする?なんて会話が楽しくて仕方がなかった、お子ちゃま全開のころだ。

お腹いっぱいになったところで、道路をはさんで斜め前にあるファミレスへ入る。
大人はコーヒーを頼み、私はミルクを頼んだ。
友達はオレンジジュースでも頼むのかな?と思っていたら「メロンソーダにする!」と言った。

私の母が「もうソーダ飲めるの⁉︎」と。
友達のお母さんは「全然飲めるよ~」と。
ソーダを飲んだことがない私はとっても気になって、「私も飲んでみたい!」と母に伝えた。
母は少しびっくりした顔をしたが「飲んでみる?」と言ってくれたので、喜んでミルクからメロンソーダに変更した。

細長い店内のイートインスペース。その一番奥の窓際の席。地元の中でも車量の多い道路をはさんでさっきのラーメン屋さんを眺められる席だ。
初めましての“メロンソーダ”とやらをワクワクして待つこと数分「お待たせしました~」とウェイトレスさんが来た。
目をキラキラさせて見上げると、緑色の粒がぷつぷつと動く不思議な飲み物が届いた。
迷うことなくストローでチューチューと吸い上げる友達を横に、私は息を吐き、思いきって吸い込んだ。

…………!!!!!!

電流が走ったかのように全身がビリビリと動いて、マンガのように目をとんがらせて固まった。そんな私を見て、友達や友達のお母さん、私の母までもが涙を流しながら笑っている。

そんなみんなを横目に私の口から出てきた言葉は「あんまりおいしくない……」だった。

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この世界にはまだまだ知らないことがたくさんあって、そのすべてが自分の好みばかりではない。けれど知らなければ、自分がどうなるかも知らないままだ。

よく「食わず嫌いなんだよね~。食べたことない~」という人がいるけれど、せっかく知れるのに知らないことがある、ましてや自らその選択をするなんて、なかなかもったいないなぁと思う。

自分だけの“初めて”の経験を逃してるって損だと思いませんか?

あ、今はもうメロンソーダ好きです。
16歳のときアメリカで食べて瞬発的に口から出したパクチーでさえ、今はもう大好きだ。
これはもったいない野郎な私の性格、意見なのでスルーしていただいて構わないのだが、食べられるものを、出逢えた人を、せっかくならば嫌いと思いたくはない。私はつくづくもったいない野郎だなぁ……。

そんなことはさておき、唐突に聞いてみたくなった“初めて”と出会ったときのことについて。
たしかに、なんてことのないひとつの出会いに過ぎないのかもしれないが、私には色濃く残っている。特に夜に出会った“初めて”は、褪せる前に眠るからだろうか、鮮明に覚えている気がする。

故郷を旅して、懐かしい人、懐かしい店、なんの気なしに通った懐かしい道で、色として残っていた数々の思い出が突然ふくらんで出てきた。

“メロンソーダの夜”

提出期限日のPM5:56脱稿。

よい旅だった。

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文・撮影=富田望生 編集=宇田川佳奈枝

エッセイアンソロジー「Night Piece」