逃げ出した歌舞伎町。大事な答えを導くことができた夜(山井祥子)
エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。
山井祥子(エレガント人生)
2020年にお笑いコンビ「エレガント人生」を結成。主にSNSを利用してコントを発信している。YouTube『エレガント人生チャンネル』の登録者は約24万人、個人のTikTokのフォロワーは35万人を超える。
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ちょうど10年前の、9月半ば。
私はひとりで、夜の歌舞伎町を歩いていた。
街はまだ、ほのかに夏の香り漂わせていて、すれ違う人々の表情は華やいでいた。
腕を組んで歩く恋人。楽しそうに笑う女の子たち。酔っ払って何かを叫んでいる男女の集団。
すえたニオイの中、私以外の人間がキラキラと輝いて見えた。
「新宿って誰かと居ると楽しいけど、ひとりで歩くには寂しいなぁ」
大学1年生の私は、そんなことを思っていた。
その日、私はサークルの新入生歓迎会に参加していた。このサークルというのは、某大学が主催するオールラウンドサークルで……まぁ要するに“男女がスポッチャ行ったりスノボ行ったりする向上心のないサークル”だった。
でもこの新歓への参加は、私にとって“最後の希望”だったのである。
中学も高校も女子校で過ごし、大学も女子大を受験した私。そんな私なのに、なぜか「大学生になったら絶対彼氏できるっしょ!」と、高を括っていた。
私には“理想の大学生像”というものがあったのだ。そしてそれは、必ず叶えられると信じていた。
「ステキな彼氏つくってぇ、ディズニーのチケットいきなりプレゼントされたりぃ、花火大会誘われたりしてぇ……」
入学前の私は鼻息荒く、よくそんな夢を語っていた。実際フガフガ言ってたと思う。
だが現実は厳しいもので、彼氏はおろか、学内での友達ができるまでにもかなりの時間を要した。
うちの大学はいわゆる“キラキラ系”が多い大学で、中学や高校とは勝手が違い、溶け込むのにかなり苦労したのである。(私はいわゆる“女子校ノリ”が強い中高の出身だった)
夏になる前になんとか学内の友達はできたものの、男性とはひと言も会話をせずに、時間だけが足早に過ぎていった。
バイトをしても、繁華街を歩いても、mixiでメッセージを送ってみても、恋愛に発展しそうなカケラさえ見つからなかったのだ。
それまで、ろくに異性と話したことのない私だ。
当然の結果といえよう。
だが、私は諦めなかった。
若さゆえのエネルギーなのか、執念だったのかはわからない。とにかく「なんでもいいから行動したい!」と思っていたのだった。
だから“それっぽいサークル”を探して、新歓に参加することを決意したのである。
そうすれば、つまらない生活に終止符を打てると信じていたのだ。
その日も期待に胸がふくらんでいた。
家にある服の中から、できるだけ痩せて見える服を掻き集め、時間をかけて身支度をして、待ち合わせの“トー横”(当時でいう“新宿コマ劇場前”)を目指して歩いた。
その前に、mixiでメッセージのやりとりをしていた他大学の女の子と待ち合わせをしていたので、一度駅の東口へ向かった。(サークルもmixiで見つけた)
顔も性格も知らないが、互いに“ひとり参加はダサい”みたいな気持ちがあったのである。
いわば、即席の“友達”だ。
彼女はギャルだった。
そして私は泥のついたモグラ。
ギャルちゃんは待ち合わせ場所で私を一瞥したあと、ほとんど言葉を発さなかった。
そして集合場所に着くやいなや、他大学の男の子の群れに飛び込んでいった。
仕方がない。私といると何か不具合が生じるのであろう。
泥は洗ってきたつもりだが、モグラはモグラなのだ。
せめてヘルメット被ってツルハシでも持ってりゃ、ギャルにも好かれたかもなぁ……。
そんなことを考えていたら、いつの間にか新歓が始まっていた。
会場は貸し切りの薄暗い飲食店。
冷えた揚げ物が乗った四角いテーブルを、男女6人が囲んで座った。
あのギャルはもうどこに行ったのかわからない。
ひとりで新歓に参加することになってしまった私だが、こんなことで心が折れるほどヤワじゃない。なんてったって今日は人生を変えに来ているのだ。
テーブルの下で拳を握り、フルフルと震わせた。武者震いである。
そのとき、幹事らしき男性が奇声にも近い声で、挨拶を始めた。
「はーい!! 今日はみんな来てくれてありがとう! 今夜は楽しんでいきまっしょう!! みんなぁ!? グラス持った!? それじゃあカンパーイ!!」
激しく叫ぶ彼の口の端になんらかの泡がついているのが見えた。さては彼もそんなにイケていないのであろう。
そうこうしているうちに、私のテーブルで自己紹介リレーが始まった。
私は悩んだ。
なぜなら、今までこのような経験がなかったからである。かわいらしく自己紹介する術を知らなかったのだ。
女の子らしく。
モテるように。
中学や高校だったら……と何度も思った。
女子校のノリなら簡単に言葉が出てくるのに。
「はじめまして。2年7組、山井祥子です。魔法の国から来ました。趣味は風の魔法で綿あめを作ることです。私のことはプリンセスと呼んでください」
これは、私が実際にしたことのある挨拶である。
今となってはまったくおもしろくもないし、微塵もセンスを感じないが、みんな優しかったのでこんな挨拶でも笑ってくれていた。
しかし、今日は大事な新入生歓迎会。
けっして、綿あめ職人を自称している場合などではない。
私は悩んだ挙句、みんなにならって当たり障りない挨拶をした。
うすら笑いを浮かべながら。
それから1時間が経った。
何をどう考えても、全然おもしろくなかった。
会話も、ノリも、雰囲気も、楽しいと思える部分がひとつもなかった。
私はその時点で「もう二度とこのサークルに参加することはないだろう」と思っていたけど、たぶん同じテーブルのみんなもそう思っていたと思う。
それほど盛り上がらなかったのだ。
時間が過ぎるごとに、今すぐに帰りたいという気持ちが大きくなっていく。でも、それを口に出す勇気がなくて何も言えなかった。
結局私は変われないのか? 大学生活ずっと楽しくないまま?
あれ? うちのテーブルの男の子は、きれいな女の子ひとりの目しか見てねぇじゃねぇか!!
おいっ!! 私としゃべりながら違う女の子の目を見るな! 器用だな!! 私のことメデューサだと思ってんのか?
っていうかさぁ……私のこと置いていくなよ。ギャルちゃん!!
本当はかなり傷ついたんだから。
私の心の中はもうグチャグチャだった。
うまく呼吸ができない。
苦しい。
そのとき私の中で、プツンと何かが切れた。
そして次の瞬間、音を立てて思い切り立ち上がり、自分のハンドバッグを手にした。談笑中の目の前の男性たちが、驚いた顔で私の顔を見上げる。私はそのまま全速力で出口へ向かった。出口を飛び出すと、歌舞伎町のネオンが目に突き刺さるように飛び込んできた。
私は声にならない声で短く叫んだ。
本当に叫んだのだ。
たくさん人がいるのに。
お酒1滴も飲んでないのに。
「私、今ちょっとカッコいい」
そう思ったら足が軽くなって、気づいたら夜の歌舞伎町を思い切り駆けていた。
私は走った。楽しかった。
カップルや女の子や酔っ払いグループの間を割って、私はとにかく走ったのだ。
他人から認められなかった夜。
つらい夜。
そんな夜に、私は自分の人生を、他人に委ねすぎているということに気づいた。
「誰かに選ばれる努力より、私を必要としてくれる場所を探す努力をするべきなんだ。傷ついてまで順応する必要はないんだ! 恋人も楽しい大学生活も、私にピタっとハマるものが必ずある。そして、それを探し続けるのが人生なのかもしれない」
大事な答えを導くことができた私は、歌舞伎町のネオンにも負けない、キラキラしたものを胸に抱えて帰路についた。
この夜があってよかった。
あと、前払い制でよかった。
本当に。
文・撮影=山井祥子 編集=宇田川佳奈枝