「普通からズレても、ブレずに自分の“好き”を貫く」中屋敷法仁のサボり方

サボリスト〜あの人のサボり方〜

 

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クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」

今回お話を伺ったのは、劇団「柿喰う客」の主宰として演劇シーンをにぎわせながら、2.5次元舞台なども積極的に手がけている劇作家・演出家の中屋敷法仁さん。幼少期からブレずに活動を続けてきた中屋敷さんの、妄信的なまでの「演劇愛」とは?

中屋敷法仁 なかやしき・のりひと
高校在学中に発表した『贋作マクベス』にて、第49回全国高等学校演劇大会・最優秀創作脚本賞を受賞。青山学院大学在学中に「柿喰う客」を旗上げ、2006年に劇団化。旗揚げ以降、すべての作品の作・演出を手がける。劇団公演では本公演のほかに「こどもと観る演劇プロジェクト」や、女優のみによるシェイクスピアの上演企画「女体シェイクスピア」などを手がける一方、近年では外部プロデュース作品も多数演出。

「自分が一番光る場所は、舞台しかない」と思っていた

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──中屋敷さんは高校演劇の大会で賞を受賞されるなど、早くから活躍されていますが、演劇と出会ったきっかけから聞かせてください。

中屋敷 一応演劇をお仕事にさせてもらっていますが、思い返すと、5歳のお遊戯会の時点で「世に出てはいた」んです。僕は勉強もスポーツもできなかったんですけど、お遊戯会だけべらぼうに褒められていて。僕としては、演劇でデビューしているという意識でやっていたというか、「自分が一番光る場所は舞台だ」という認識はありました。

みんなにとっては日常が自然なもので、演劇は誰かを演じたり装ったりする世界だったと思うんですけど、僕は逆に役があることで人と会話ができた。実生活では、人とどうコミュニケーションを取ればいいのかわからなかったんです。普段はまったくしゃべらないのに、学芸会になると誰よりも大きい声でハキハキしゃべれたから驚かれていましたね。

──でも10代になると、人前に出て演技をするにも自意識が邪魔をするというか、恥ずかしくなったりしませんでしたか?

中屋敷 僕は全然恥ずかしくなかったですね。むしろ、一番の地獄は高校の修学旅行でした。新幹線でボックス席になるとか、夜に部屋を行き来するとか、まったくついていけなくて。友達がいないわけでも、ひとりになりたいわけでもないけど、何をすべきかわからなかった。今思えば、雑談をするにしても100%おもしろくて素敵な話をしなければいけないと考えて、うまくできずに苦しんでいた気がします。

──演じるだけでなく作る側に回ったのも、ご自身の中では自然な流れだったのでしょうか。

中屋敷 演劇部では脚本と演出と主演もやってましたが、とにかくお芝居を作ってみたい、演じてみたいと思っていました。ただ、ほかの部員とはあまりうまくいってなかったです。部活動って、みんなで楽しくやったり、思い出を作ったりすることにも価値があるはずなんでしょうけど、僕は「おもしろい芝居をやらなかったら、やる意味がない」くらいの気持ちでいたので。

おもしろいかどうかは、自分が決めることじゃない

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柿喰う客『滅多滅多』20215月)

撮影:神ノ川智早

──大学時代には劇団「柿喰う客」を立ち上げていますが、当初から「圧倒的なフィクション」といったコンセプトも構想されていたんですか?

中屋敷 そこまで深く考えてませんでしたね。ただ、それまではどうすれば大会で勝てるかとか、同級生にウケるかとか、目的や観客ありきで逆算して作品を作ってきたところがあったので、もうちょっと自分の内面と向き合ってみようと思っていたくらいです。

それで、「妄想」をテーマに自分の頭の中をさらけ出すような作品を作ってみたら、すごくグロテスクなものができてしまって。ただ、演劇はおもしろいけど、自分という人間はつまらないと思っていたのが、「けっこう俺ってヘンだぞ」「人と違うところはあるけど、なかなか悪くないな」と、劇作を通じて自分を客観的に見るようにはなりました。

──作品を継続的に発表し、劇団としての存在感を高めていくなかで、手応えを感じたり、思うようにいかなかったりしたような紆余曲折はあったのでしょうか。

中屋敷 20歳くらいで演劇をやっていると、「将来これで生きていけるのか?」って、まわりのみんなは悩むし病んでいました。でも、僕はそういうことで悩んだり、ブレたりしたことがない。作品のおもしろさどうこうではなく、演劇に対してこんなに狂信的で盲信的なのはすごいなと我ながら思ったりします。

お客さんが全然入っていないお芝居でも、人生が変わるくらい感動した人はいるかもしれないし、みんながおもしろいと言う作品でも、自分はノれないこともあるわけで。評価を気にしないことはないんですけど、自分の達成感とみんなの評価は違うものなので、そういう点でもブレませんでしたね。

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柿喰う客『空鉄砲』20221月)

撮影:サギサカユウマ

──作品作りに関する悩みやスランプも特になかったんですか?

中屋敷 これがないんですよ。先輩たちから「お前は葛藤がなさすぎる」「演技に関する考えが甘いぞ」なんて言われて、「悩んでなきゃまずいんじゃないか」と考えたこともあります。でも今は、「甘くてもいいじゃないか!」って思いますね。無理に悩む必要はないわけで。

「生みの苦しみ」って言葉も、僕はウソだと思ってます。書けないことや思いつかないことは、周囲の人に対して申し訳ないなという気持ちはあるけど、それ自体は苦しくないんですよ。出ないものは出ないし、出たものがたとえつまらないと思っても、とりあえずやってみる。自分ではおもしろいと思えなかった作品に限って、「最高傑作だ」ってみんなに褒められたりするんですから。自分ひとりで判断して、世に出す前にひとりで苦しんでも得がないなとは思いますね。

──では、ブレずに作り続けた作品において、「演劇のフィクション性」を大事にされているのはなぜでしょうか。

中屋敷 お金と時間をかけて観劇していただくので、日常の延長ではなく、幕が開いた瞬間にすべてのルールが変わるような強い作品をお届けしたいんです。日常とはまったく異なるフィクションの世界に飛び込むことで、お客様の日常もラクになるんじゃないかなと思っていて。僕自身の実生活がそれほどおもしろくないと感じていたからかもしれませんけど。

──非日常的な演劇を作る上でのこだわり、核となるものなどはあったりするんですか?

中屋敷 気持ち悪いですけど、やっぱり「愛」だなと思います。怒りや悲しみといったネガティブなもの、もしくは悩みや戸惑いといった揺らぎみたいなものって、実はそんなに表現に必要ないと僕は思ってるんです。自分たちがいかに演劇を愛しているか、いかにこの物語を通して世界を肯定的に見ているかを伝えたい。できる限り健康的で、健全で、誰かに対してポジティブな感情を持っていないと、表現を信じられないんじゃないかなと。

お客さんとイマジネーションを共有する2.5次元舞台

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──最近では、2.5次元舞台(マンガやアニメを原作とした舞台)の演出でも活躍されていますが、作品の作り方などに違いはあるのでしょうか。

中屋敷 マンガを読んでいてセリフが声で聞こえてきたり、絵が動いて見えたりしたことってあると思うんですけど、2.5次元舞台では、そういった人間のイマジネーションをくすぐるのが大事だと思っています。原作をそのまま再現しなくても、お客さんの想像力によって作品の世界は動いているはずだから、一緒にその世界を楽しんでいきたいんです。

キャラクターの再現率はあくまでもスタート地点でしかなくて、舞台で観る以上、そのキャラクターに会えたとか、そのキャラクターの感情に触れられたとか、そういう感動がないといけないなと思いますね。

──イマジネーションを共有できる世界を、舞台上に作り上げていくんですね。演出を始められた当初から、そのような意識はあったんですか?

中屋敷 2.5次元は原作のイメージが強いので、「僕がお客さんなら絶対にこのシーンはやってほしいだろうな」みたいなことは考えてましたね。だからこそ、「どう(演出)するかわからないところほど、お客さんをびっくりさせないとな」という気持ちもあって。

初めて演出した『黒子のバスケ』だと、バスケットボールを舞台上でどう扱うかがまず問題になるんですけど、僕にとってはむしろ「お好み焼きをどう飛ばすか」のほうが難関だったりして。原作にお好み焼きを焼いていたら飛んじゃって、あるキャラクターの頭に乗っかるっていうシーンがあって、どう飛ばすかずっと考えていました。結果的にとてもくだらない飛ばし方を思いついて、本番でも大爆笑でしたね。

──ボールよりお好み焼き(笑)。そういった細部へのこだわりのほかに、2.5次元舞台における中屋敷さん演出の特徴と呼べるものはあるのでしょうか。

中屋敷 僕は俳優さんが好きなので、彼らが埋もれるようなスケールのセットや大がかりな舞台転換なんかはあまり好きじゃなくて。このスタイルには称賛も批判もあると思うんですけど、できるだけ俳優さんに目が向くように心がけています。

『文豪ストレイドッグス』という舞台には、キャラクターがトラに襲われるシーンがあるんですけど、普通はトラをどう作り出すか考えるじゃないですか。でも、僕はアニメを観たときから、トラから逃げるキャラクターの動きが素敵だから、そこを描きたいと思っていました。トラは映像でいいので、俳優さんの心と体の動きにお客さんの注意が向くようにしたかったんです。

仕事を詰め込まないとパンクしてしまう?

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──中屋敷さんのように常に動いていたいタイプの方だと、やはり仕事をサボりたいと思ってしまうようなことはないのでしょうか。

中屋敷 僕は演出家としては多作な部類なんですね。月に1本以上の作品を作っているので、台本を執筆しながら別の舞台の稽古をしたり、午前と午後で別の舞台の稽古に行ったりすることも多い。でも、そうしていないと苦しくなってしまうところがあって。なんか、「頭の中がパンクしちゃう」と思うんですよね。

──普通は仕事を詰め込むことでパンクしちゃうものですが……。

中屋敷 ちょっとわかりにくいですよね(笑)。過去に一度だけ、ひとつの作品に集中しようと思って、創作に2カ月ぐらいかけたこともあったんですよ。でも、それが僕にとっては地獄の2カ月で、何がやりたくて、何がおもしろいのか見失ってしまって。結局、「もっとたくさんの演劇を観たい、もっとたくさんの俳優さんに会いたい」という気持ちが原点にあるんだと気づいた。だから、僕のサボりも、関係ない演劇作品について考えることだったりするんです。

──常にたくさんの演劇に触れることが、ある種のサボりというか、息抜きになっているんですね。

中屋敷 「わ~! やることいっぱいある!」って言いながら、直接は関係ないシェイクスピアとかを読んだり、目の前に締め切りがあるのに、1年後に演出する舞台の台本を読んだりしてしまうんですよ。それってサボりなんですけど、自分の作品から離れることでその作品のよさがわかることもあるし、1年後にやる台本を読むことで「準備がいい」と言われることもある。だから、線引きが難しいんですよね。

でも、ごはんを食べに行ったり、山登りに行ったりしても、まったくサボれた気がしない。ちょっと思考が止まっていただけであって、作業を再開したときに何もリフレッシュできていないようなことはよくあります。

──では、演劇以外で単純に好きな時間、好きなことはありますか?

中屋敷 怖いことに、これもあんまりなくてですね……。家族と過ごしたり、友達と遊んだりするのはすごく楽しいんですけど、没頭するほど好きなものってないなと思っていて。ドラマや映画で俳優さんを見ることは好きですけどね。演技をしている人間や、その芸を見るのは気持ちがいい。

あと最近は、ドラマのスタッフさんに注目しています。この人のプロデュースはいいなとか、このチームの撮り方はすごいとか、美術も作り込んでるなとか。俳優さんだけでなく、俳優さんの魅力をどういう人たちがどう引き出しているのかにも興味があるんです。

──稽古や取材のときも常にピンクパンサーのぬいぐるみを持ち歩いているそうですが、日常的に大事にしていること、ルーティンなどはあるのでしょうか。

中屋敷 また演劇の話になりますが、演出家らしさを装わないようにしていますね。演出家になりたかったのではなくて、学芸会が楽しかったという思い出が創作のエネルギーの基本にあるので、童心を忘れないようにしたい。ぬいぐるみを持っているのも、そのための警告だったりするんです。演出家ぶって偉そうなことを言っても、ぬいぐるみ持ってたら間抜けじゃないですか(笑)。

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撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平

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