ちっぽけな後悔に涙する、みじん切り大会が開催された夜(中島侑香)

エッセイアンソロジー「Night Piece」

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エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。

中島侑香

中島侑香(なかしま・ゆうか)
1999年1月19日、愛知県生まれ。2019年より女性ファッション誌『JJ』を中心に活躍。2022年には映画『名もなき一篇・東京モラトリアム』で俳優としてのキャリアを本格始動。2023年には『なのに、千輝くんが甘すぎる。』で商業映画デビューを果たし、以降『朝をさがして』『祝日』『チャチャ』(2024年)など、話題作への出演が続く。テレビドラマでは、『あなたがしてくれなくても』や『イップス』(ともにフジテレビ)、『ザ・ロイヤルファミリー』(TBS)などに出演。

忘れられない夜。忘れたい夜。
忘れたくない夜。忘れた夜。

ああ、久しぶりにあの夜を思い出した。

「私は心を落ち着かせるとき、野菜をみじん切りにします」
特にそれが始まるのは夜。
夜は、ちっぽけな悩み事が“人生最大の危機”みたいな顔をしてやってくる。
そんな危機から私を守ってくれるのが、みじん切りなのだ。
たとえば新しい作品のクランクイン前夜。ついこの間もプレッシャーに負けじと大量の野菜をきれいな四角に刻んだばかり。

「あれ、“みじん切り”はいつから始まったんだっけ」
この仕事を始めてもうすぐ7年。7年前はみじん切りをしていなかった。20歳の私は自分を守る術なんてまだ知らなかったし、どんな心配事も、根拠なき大自信で乗り越えられていた。20代をドタバタと生きている間に、みじん切りという護身術を習得していた。
大人になるということは、自分を守れるようになることなのでしょうか。

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2年前のあの夜。
とあるちっぽけな後悔が、“人生最大の危機”の顔をしてやってきた。
初めて主演を務めた映画の撮影終盤、帰りの電車で乗った駅から降りた駅まで涙した日があった。自分の演技にどうしても納得がいかなくて悔しかった。
そういうとき、目の前に座っていた会社帰りの男性、隣に座っていた高校生ふたり、止まる駅まですべてが、私の陰口で大盛り上がりなんじゃないかって本当に思ってしまう。
こうなったら涙は止まらない。もはやすべて流れ出てしまえ状態。大人になったら涙くらい止められると思っていたのに。
撮影現場に居合わせた人はそこまで大事に思っていなかったみたいだが、どうしても自分だけが自分を許せないときがある。
家に帰ると、すぐさま冷蔵庫を開けて入っていたすべての野菜をキッチンに並べた。

緊急みじん切り大会の開幕だ。

次の日もその次の日も映画の撮影は続くのに、ぐちゃぐちゃになったこの心で明日には行けない。
ならば、みじん切りをするのみ。(心の声になるとヒーロー調になるわけではない)

まずは玉ねぎ2個。ザクザクとみじん切りを始める。
くう、目にしみる。もうなんの涙なのか訳がわからなくなって、ちょうどよかった。
次はにんじん。にんじんしりしり用に買ったものだが、今夜は例外。
そして茄子。絶対に揚げ浸しが食べたかったけれど、今夜はみじん切りになっていただく。
トントンザクザク。
カラフルのきれいな四角がどんどん生産されていく。
ぼーっとしながら次の野菜を手に取りザクリ。
うっかりブロッコリーのモサモサ部分に包丁を入れてしまった。「元みじん切りの集まり」みたいなブロッコリーはたちまち崩れて、また少し落ち込む。今宵の私は面倒だ。
冷蔵庫にそれを戻して、みじん切りに戻る。
だんだんと、「ジャガイモの芽に含まれている“ソラニン”そんな響きで毒なのはズルい」とか、「ついでに万能ねぎ刻んで冷凍しとくか」と順調に頭の中が野菜で埋もれていった。
キッチンに積もったカラフルの四角は、立派なものだった。
2、3歩下がってつい眺めた。腫れぼったい目の奥がにんまりとする。

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「よし」
深呼吸をし、いってらっしゃいと野菜たちをフライパンに進ませる。
ポイントは弱火で大切に炒めること。せっかく刻んだ悩み事を粗雑に扱ってはダメ。
大切に向き合えば、あんなに泣かされた玉ねぎも狐色になり甘くなる。
それから少しの水で伸ばし、ルウを溶かして完成。

私の“人生最大の危機”は、キーマカレーになった。

浮かない顔した私よ。後悔や悩み事は、今日中に刻んで食べてしまえ。
もちろん、みじん切りをしたって、どんなにおいしいキーマカレーができたって、解決しないことだらけなのはわかっている。だってみじん切りをしているだけだし、キーマカレーがおいしいだけだから。けれど、「みじん切りをすれば大丈夫」というおまじないの効果は絶大だった。本当に、すごく。
それに、人生最大の危機なんてやっぱり大げさだった。
どうでもいいことがどうでもよくなくなったり、このまま夜に閉じ込められてしまう気がしたら、全部夜のせい。(あまりにも眠れない日「誰でも眠れる催眠術」という動画を観終わったことがある)
寂しがり屋で、時々私たちにいじわるをする。夜はひとりぼっちなのかもしれない。そう思うと途端にかわいいやつめ、とも思えた。

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ついこの間、プラネタリウムに行きたくなり、レインボーブリッジを越えお台場へ。
谷川俊太郎さんの『夜はやさしい』という作品に出会った。
地球上のさまざまな場所から見える星空と音に包まれて、世界がぐんと横に広がった。夜の優しさが少しだけわかった気がして、ビルみたいなガンダム立像を見上げながら、自動販売機で買ったコーンスープでホッとした日を思い出した。

最後に。今まさに真っ暗な夜にひとりな私とあなたへ。
真夜中にキッチンの暖色灯ひとつでザクザク四角を生産する大人が今どこかにいます。
泣きながら、怒りながら、みじん切りをしています。
夜はひとりぼっちだらけです。ひとりぼっちが集まれば大人数です。
みんなでみじん切りをしましょう。
そしたら暖かいお茶でも飲んで、おやすみなさい。

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文・写真=中島侑香 編集=宇田川佳奈枝

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