「ルールに捉われず、自分の心と体に正直に、人生を味わい尽くす」森沢明夫のサボり方

サボリスト〜あの人のサボり方〜

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クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」

『おいしくて泣くとき』(角川春樹事務所)、『あおぞらビール』(双葉社)など、数々の作品が映画・ドラマ化されている小説家の森沢明夫さん。ヒット作が生まれる背景や、作品がメディア化される秘密、オリジナルなサボり方にもつながるライフスタイルなど、森沢さんの執筆生活について聞いた。

森沢明夫 もりさわ・あきお
小説家。1969年、千葉県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社勤務、フリーライターを経て、2007年に『海を抱いたビー玉』(山海堂)で小説家デビュー。吉永小百合主演『ふしぎな岬の物語』、有村架純主演『夏美のホタル』、高倉健主演『あなたへ』など、映画やテレビドラマの原作を数多く手がけている。近著として『ハレーション』(KADOKAWA)が発売されたほか、2025年には『おいしくて泣くとき』が映画化、『あおぞらビール』がNHKでドラマ化されている。

年間400冊……本を読み続けた学生時代

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──森沢さんの作家としてのルーツに、大学時代に大量の本を読んだ経験があるそうですが、そのきっかけなどについて教えてください。

森沢 子供のころから読書好きだったのですが、大学受験のときに出会った、予備校の現代文の先生がすごく好きで。人生で初めて出会ったカッコいい大人だったんです。その先生から授業中に「君たちね、大学生になったら時間ができるから、その間に最低でも年間600冊ぐらい本を読まないとバカになるよ」って言われたんですよ。それで、先生みたいなカッコいい大人になるにはそれくらい読まないとダメなのかと思って、大学入学後にチャレンジしました。

──年間600冊を目指して、どのように読んでいったのでしょうか。

森沢 古本屋にある安い文庫本のコーナーから、ジャンルを選ばず買えるだけ買って読んでいました。もう乱読ですよ。旅をしているときも、ごはんを食べているときも、歩いているときも、トイレに行っているときも、ずーっと読み続けましたが、それでも年間400冊が限界でした。留年した1年も合わせて5年間続けましたが、どんなにがんばっても年に400冊ぐらいしか読めませんでしたね。

──興味のない本も大量に読み続けるのって、苦痛ではないんですか?

森沢 もちろんおもしろくないと思う本もありました。ドラマ化された『あおぞらビール』という本でも書いたのですが、学生時代は野宿をしながら日本中を放浪していたんです。いつもは街の古本屋で読んだ本を売って、新しい本を仕入れていたんですけど、腹が立つほどの駄作は、「ふざけんな」ってその場で焚き火の焚きつけに使ってました(笑)。でも、興味がないものを読むと、自分の幅が広がるじゃないですか。知らない世界にランダムで当たるのが意外とおもしろくて。

──ジャンルを選ばずに読みまくった経験も、その後の糧になっているんですね。

森沢 そうですね。広範囲にわたって知識が入っていったことで、知識と知識がクモの巣のようにつながっていったんですよ。知識がつながればつながるほど、世の中の見え方がおもしろくなっていく。それが小説のアイデアにつながることもありますし、人と会話したり、取材したりするときのネタになることもあります。

──文章の良し悪しがわかるようになったり、文章的な美学が磨かれていったりした面はあるのでしょうか。

森沢 それも当然ありますね。筋トレと同じで、読めば読むほど、書けば書くほど、文章はうまくなると思います。文章における足し算・引き算のうまさも、読んでいくうちにわかるようになりました。

プロットだけで編集者が涙したデビュー作

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──自分で小説を書いてみようと思ったきっかけは、どんなことだったのでしょうか。

森沢 ライターとしてエッセイやノンフィクションを書いていたときに、あるノンフィクションの依頼で広島へ取材に行ったんです。それが、広島から新潟まで車で移動しながら取材をしていく、ロードムービーみたいな取材で。そのときに、同行していた編集者に「これ、ノンフィクションじゃなくてフィクションにしたら、めちゃくちゃおもしろい物語になりそうなんだけど」って話したんですよ。でも、その出版社は文芸をやっていなくて。

──たまたま小説のアイデアが生まれたんですね。

森沢 そうなんです。僕の頭の中にはもう物語が降ってきていたので、「残念だなー」と言っていたら、その編集者から「ちなみにどういう話ですか?」と聞かれて。それで、頭の中にあるものを車の中で話したら、編集者が涙を流してくれたんですよ。そこから、「めちゃめちゃいい話じゃないか!」って編集部にかけ合ってくれてGOが出て、フィクションとして書いたのが、『海を抱いたビー玉』というデビュー小説なんです。

──小説家デビューの話自体がドラマチックすぎます。

森沢 ちなみに、その小説は発売前重版がかかるほど売れてヒットしたんですけど、その最中に出版社が倒産しちゃったんですよ。人生で初めて書いた小説では、1円も印税をもらってない。ノーギャラだったんです。その後も回収できなくて、自腹でプロモーションまでやっていたから、むしろマイナス。ひどいスタートでした(笑)。

──すごい……でも、一生語れるネタですね(笑)。それに、デビュー作がヒットしたことで、名刺代わりの作品ができたわけで。

森沢 そうですね。1冊目が売れたことで2冊目のオファーがいただけて、『津軽百年食堂』(小学館)を書いたら、映画化が決まりました。その後、『海を抱いたビー玉』も小学館に拾ってもらえて、文庫化することができたんです。

想像がふくらみ、没入できる作品だから、映像化される

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──デビュー作はアイデアが先にあったわけですが、その後の作品については「作家として何を書きたいか」という問いが生まれていったのではないかと思います。

森沢 僕の場合は、出会った人や出来事について「書きたいな」と思うことが多いんです。有村架純さん主演で映画になった『夏美のホタル』も、野宿しながら放浪していたころに出会った、山奥で雑貨屋さんをやっていたおじいちゃん・おばあちゃんをモデルに書いたもので。

──映画化されることを意識して書いているわけではないと思いますが、結果として、どの作品も「映画にしたい」と思われるのはすごいですよね。

森沢 映画にしようと思って書いた小説はありませんが、僕が小説を書くときに意識しているのが、「読者の頭の中で映像化され、映画を観ているような作品にしたい」ということなんです。もっといえば、映像として浮かべるのではなく、生の自分が物語の世界にいるかのように感じてほしい。そのために言葉を選び、編んでいくことにこだわっています。

──結果として、映像化したくなる作品になっている。

森沢 そうなんです。映画のプロデューサーさんや監督さんが僕の本を読んだときに、「頭の中ですぐに映画になってしまった。これなら映画化できる」と思ってオファーしてくれることがほとんどでした。

──森沢さんの心を動かして「小説に書きたい」と思わせる人や出来事には、どのような傾向があるのでしょうか。

森沢 それはシンプルで、人と人との関わりによって、幸福や成長が生まれる瞬間が思い浮かんだり、さらにはその人物相関図が降ってきたりすると、「小説になるな」と思いますね。だから、主人公がひとりでただ悶々としているような作品はあまり書かないんです。悶々としていたとしても、その先にキラキラした未来が少し見えるような流れを書きたい。

──取材も丹念にされていて、パプアニューギニアにまで行かれたこともあるそうですが、印象深い体験があれば教えてください。

森沢 それこそパプアニューギニア取材で、「首狩り族」といわれる山岳民族の伝説的な族長に会えたことは、ラッキーでした。たくさんの部族がいて、抗争も絶えなかったそうなんですが、「なぜあなたは、さまざまな部族から尊敬される伝説的なトップになれたんですか?」と聞いたら、「それは、最も抗争をせずに収めた族長だからだよ」と言ったんです。

いざ抗争が起きたら自ら危険に飛び込む勇敢な族長なんですけど、そうならないように、ひとりで揉めている集落に行って、話をつけて仲よくなってくるんです。また、自分たちの集落だけでなく、揉めている集落同士の間に入って「仲よくしろ」とやっているうちに、トップオブトップになったと。

──自分たちだけでなく、他者の争いも円満に収めていった。

森沢 リーダーシップがとんでもないんです。自分たちの集落からは誰も死なせず幸せにするということを徹底したら、誰もが尊敬する大物になった。世界のリーダーに見習ってほしいですよね。

生きる醍醐味は、心の動きを体で味わうこと

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──好奇心があるからこそ、作品のテーマや取材を通じた刺激的な体験に出会えるのだと思いますが、好奇心の衰えのようなものを感じることはないですか?

森沢 好奇心は歳を取るほど強くなっています。なぜなら、知識が増えるから。知れば知るほど世界がおもしろくなることを知っているので、もっと知りたいとずっと思っています。今はインターネットもあるので、「宇宙のダークエネルギーは、ブラックホールから発せられていると最近の研究でわかった」といったトピックを見つけては、「どういうことだ!?」と釘づけになって調べちゃいます。

──ネットから得る知識、人や土地と出会う体験、どちらからもフラットに心を動かされているんですね。

森沢 全部楽しくて。結局、人間ってなんのために生きてるかというと、心を動かしたいから生きてるんですよ。僕の小説のキャラクターもそうなんですけど、心を動かしたいから行動するんですよね。お化け屋敷に入るのだって、ネガティブなことでも心を動かす自分を味わいたいから入るわけで。心の動きを体で味わうのが生きる醍醐味だと思っているので、常にそれを味わっていたいですし、僕の小説を読んでくれる人にも心が動く体験を味わってほしいと思っています。

──そういった普遍性があるからこそ、『あおぞらビール』のような森沢さんの若いころの思い出を描いた作品が、今の時代に受け入れられたりしているんでしょうね。

森沢 『あおぞらビール』を書いたときは、野宿していたころのおもしろおかしい話を提供すれば、電車でぐったりしているサラリーマンのような人たちもクスッと笑って元気になってもらえるかな、という思いがありました。今もドラマ化されたり、読んだりしていただけるのは、笑いたい人たちがいるからだと思うんです。

ひとりの人間の力では世界は変えられないけれど、誰かの気分は変えられるんですよね。自分も気分よくいたいし、できれば誰かの気分もよくしたい。その気持ちは大事にしたいと思っていますね。

──気分よく、前向きになれる。それが小説としての理想でもありますか?

森沢 もちろん、おもしろく、楽しく生きていきましょうという思いもありますが、生きていれば理不尽を押しつけられるようなこともあるじゃないですか。そこでどう対処し、乗り越えるか、その成長を描きたいと思っています。そのためには、自分も理不尽の乗り越え方を知っていないといけない。だから、理不尽やイヤなことに遭ったら、自分自身を取材するんです。

──それは自分の心を見つめるような作業なのでしょうか。

森沢 それが本当に取材というか、自分の肉体にどんな変化が生まれるのか観察するんですよ。「森沢の小説は1ミリもおもしろくない」と言われたとして、そのときに胃の中にコールタールみたいな熱いものがとぐろを巻いている感じがしたのか、ちょっと動悸がしたのか、頭に血が昇って顔の一部が熱くなったのか。リアルに起こったことを味わうと、それが小説に書けるんですよ。

──結果として、感情に溺れず冷静にもなれる。

森沢 そうなんですよ。それに、イヤな思い出って、忘れようとするほどついてくるじゃないですか。でも、その場でイヤな思いを味わい切っちゃうと飽きてしまうというか、客観的になって、過去に引きずられて苦しくなるようなことが減るんです。

──それはもう職業病というか、ひとつのライフハックですね。

森沢 職業治療ですかね。僕はそれに気づいて人生がラクになったので、学校で講演を頼まれたときは、子供たちに教えてあげています。

書きたいときに書き、寝たいときに寝る。生活に規則はいらない?

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──森沢さんは多趣味だと思いますが、趣味が仕事のサボりにもなっているのでしょうか。

森沢 仕事がイヤになってきたときにすることは、だいたい2パターンです。ひとつは散歩。一定のリズムで歩くことで幸せホルモンのセロトニンが生成されることが、脳科学的にわかっていて。それに、ひらめきって、集中したときじゃなくて、ぼんやりしたときに降ってくるものなんですよ。気持ちが落ち着く上にひらめきも降ってくるので、サボるのであれば散歩ですね。

──息抜きして気持ちが切り替えられる上に仕事にもつながるなんて、いいですね。

森沢 あとは筋トレ。24時間営業のジムに入っているので、サボりたい、体を動かしたい、というときにすぐに行きます。限界まで頭を使って書きたくなくなったときに体を使うと、心身のバランスが整うんですよ。筋トレから戻ってシャワーを浴びて、コーヒーを1杯飲めば、脳がクリアな状態に戻って、クリエイティブなメンタルになりますね。夜中の2時ぐらいに行くのが一番いいんですよ。貸切状態なので。

──夜中に書かれることが多いんですか?

森沢 いや、書く時間は決めていません。寝る時間も決めてないんですよ。眠くなったら目覚ましをかけずに寝るので、何時に起きたのかもわからなくて。外が暗くても、朝の暗さなのか夜の暗さなのかわからない(笑)。

──生活リズムにこだわらず、自分の生理に従って書いたり寝たりしているんですね。

森沢 生理的な欲求にまったく逆らわないんです。お腹が空いたら食べるし、お酒が飲みたくなったら飲む。科学的には規則正しく生活したほうがいいといわれていますが、そうするとなぜか体が疲れてくるんですよね。

──「気がつけば仕事もせずにこんなことをしていた」みたいな、うっかりしたサボりはないですか?

森沢 風呂が好きで、湯船でよく寝ちゃうんです。たまに寝落ちして頭までお湯の中に入って飛び起きて、「いつの間にかすごく時間が経ってた。ヤバい、のぼせそう」みたいなことはありますね。あとは昼夜関係ないんですけど、昼寝的な感じで30分ぐらい寝ようと思ったら、3時間寝ていた、みたいなこともよくあります。

──なるほど。それにしても、散歩がサボりとしてクリエイティブであるということは、今まであまり触れられてこなかったかもしれません。

森沢 僕は散歩の連載をして、『ごきげんな散歩道』(春陽堂書店)という本まで出しましたからね。散歩の魅力だけで本1冊は余裕で書けますよ。

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撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平

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