「作業もインプットもサボりも、常にマルチタスク」水野太貴のサボり方

クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」。
人気チャンネル『ゆる言語学ラジオ』で言語学の魅力を発信し、その深い言語愛で多くの人を言語の沼へと引きずり込んでいる水野太貴さん。本業である出版社での仕事を続けながら活動を続ける水野さんに話を聞くと、精力的すぎる日常や斬新なサボり方が見えてきた。
水野太貴 みずの・だいき
愛知県出身。名古屋大学文学部卒。専攻は言語学。出版社で編集者として勤務するかたわら、堀元見とのコンビでYouTube・Podcastチャンネル『ゆる言語学ラジオ』の話し手を務める。著書に『復刻版 言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(バリューブックス・パブリッシング)、『きょう、ゴリラをうえたよ 愉快で深いこどものいいまちがい集』(KADOKAWA)、『会話の0.2秒を言語学する』(新潮社)がある。
『ゆる言語学ラジオ』は趣味だから、忙しくても楽しめる

──番組のパートナーである堀元見さんに誘われて『ゆる言語学ラジオ』を始めたそうですが、やはり言語学の専門家ではないことなどからの迷いはあったのでしょうか。
水野 最初は葛藤してなかったんです。尊敬するクリエイターから「一緒にものを作ろう」と誘われたら、断らないじゃないですか。それに、専門家じゃない人間が言語学の番組を始めたって、そんなに流行ると思わなかったので、細々と趣味としてやるイメージでした。だから、実名、顔出しで始めてしまったんですけど、めっちゃ軽率でしたね(笑)。
──番組の構想やおふたりの役割などについては、どのように決まっていったんですか?
水野 打ち合わせみたいなものは特になかったんですよね。堀元さんからは企画書をもらっただけで、あとは「この日にここに来て」と言われて。行ったら、もうカメラのセッティングなんかもされていて。「じゃ、始めましょっか」っていう感じでした。
──それでできてしまうのがすごいですね。さすがに水野さんのほうで何か準備はされていったんですよね。
水野 はい。僕は彼のnote、個人ブログを読んでいたので、テーマを決めて、「堀元さんだったらこういう感じのタイトルをつけるだろうな」っていうタイトルをつけて投げたんですよ。具体的な内容も書かず、「日本語は『Call of Duty』(ファーストパーソン・シューティングゲーム)的で、英語は『荒野行動』(バトルロワイヤルゲーム)みたいな言語だ」といったパンチラインだけを送りました。
──見出しだけ送ったらもうオッケーみたいな。
水野 そうですね。堀元さんから「こういう話に変えてくれ」みたいなことも全然言われなかったです。役割としても演者という感覚が近くて、プロデューサーが堀元さんという感じで。だから、このインタビューではクリエイターと言ってもらってますけど、全然クリエイターという意識はないんです。企画を0→1で生み出している堀元さんのほうがクリエイターですよね。

──とはいえ、テーマの切り口を考えたりしているのは水野さんですし、お互いの持ち味をうまく活かすかたちで最初から番組が作られていたということですかね。
水野 僕たちの番組がわりとうまくいっているのは、お互いに編集的な視点を持ってるからだと言っていただいたことはありますね。お互いが相手を活かすために、「どう調理したら一番おもしろくなるだろう」みたいなことは考えていて、その視点って、編集者としては当然やることなんです。どちらも編集業や執筆業をやっていたことは大きかったかもしれません。
──一方で、カメラの前で話すことなどについては素地があったわけではないと思うのですが、実際に収録してみてギャップを感じることはなかったのでしょうか。
水野 あまりなかったんですよ。もともとおしゃべりが得意で、高校生のころから学校で集団授業をしていたくらいなんで。授業がしたくて、使われてない教室に友達を集めて英語を教えたりしてたんです。堀元さんに誘われたとき、「しゃべりうまいね」と言われて、集団授業をしたり、塾講師になりたいと考えたりしていたことを思い出して。「これで塾講師の夢も成仏できそうだな」と思いました。
──番組を続けてきての変化はありますか?
水野 自分としてはそんなに変わらなくて、開始当初の自分の延長線上にあるような感じがします。ただ、言語学に対する誠実さが以前とは違ったり、勉強の量が増えたり、そういう変化はありますね。特に生産量が増えていて、昔なら土日は普通に遊んでましたけど、今はゆる言語学ラジオでやらなきゃいけないことが多すぎるので、平日も仕事のあとに作業して、週末も遊びに行かずに作業をしてます。
──それって苦しくないんですか?
水野 「人と遊ぶより、言語学の勉強をしたほうがおもしろいかも」ってなっちゃって。それがいいことか悪いことかわからないので、美談としては語れないんですけど。ライフワークバランスでいうと、ゆる言語学ラジオは趣味だと思っていて、ワークと捉えてないんです。
──まさにご自身が言語沼にハマっている。
水野 そうですね。
批判に向き合い、正確性のある番組作りを進めていった

──番組がたくさんの人に見聞きされるとは思っていなかったとのことですが、実際に登録者が増えていくに従って、意識の変化はあったのではないでしょうか。
水野 公益性を意識するようになったのは大きくて。YouTubeで「言語学」と検索すれば、上位は僕らの番組になると思うんです。つまり、言語学について知りたいと思った人のファーストコンタクトが、僕らになる可能性がある。やっぱり、アカデミックな世界でやっていない人間が学問の看板を使ってビジネスしていて、専門家からは白眼視されているとしたら、それはあまり健全じゃないというか。
なので、開始当初は収録前日の深夜まで台本を作って、そのまま堀元さんに話していましたが、今は正確性を期すために収録の1週間前には台本を仕上げて、適切な専門家の監修を経てから収録するようになりました。収録後も粗編集した素材を専門家に見てもらい、テロップや発言に問題がないかチェックしてもらっています。
──なるほど。専門家からの意外な指摘などはありましたか?
水野 「なんで王道じゃなくて、こんなトリッキーなテーマを選ぶの?」みたいなことはたまに言われますね。そこはずっと変わっていないところで、再生数が稼げるウケそうなネタとかは意識していなくて、僕がおもしろいと思うものをしゃべっています。
──では、テーマ選びや台本作りはどのように行われているのでしょうか。
水野 やりたいテーマをメモしていて、今だと160個ぐらいのテーマがネタ帳にあるので、そこから文献を読んで読書メモをつけるなどのリサーチを進めます。リサーチはそれぞれちょっとずつ並行して進めていて、リサーチが完了したものを台本として整理していく、といった流れですね。
料理にたとえると、文献や本を読むことは買い物に行くようなもので、読書メモを作ったり、そこからおもしろいと思ったことをさらにメモしたりすることは下ごしらえ、それらをまとめて魅力的に伝える方法を考え、ストーリー構成していくのが調理、みたいな感じです。
──堀元さんは、その内容を収録現場で初めて知るわけですよね。
水野 そうですね。知ってる話だとどうしてもウソっぽくなってしまうので、台本は相方に見せていません。そういうウソのリアクションって、視聴者にすぐバレてしまうんですよ。だから、聞き手の負荷はめちゃくちゃ大きいと思います。

──番組的なターニングポイントを挙げるとしたら、どんな出来事がありますか?
水野 それは、自分がしゃべった内容に問題が含まれていて批判を受けたときの反応じゃないですかね。開き直ったり、黙殺したりする選択肢もあったんですけど、僕は謝罪して、ゆる言語学ラジオの活動を支援してくれる研究者の方がいないか呼びかけたんです。そこからアカデミズムの世界の方に監修してもらったり、ゲストとして登場してもらったりするようになったので、批判のあとの行動が大きな分岐点だったと思います。
──正確性を期すという方向に舵を切っていったと。
水野 はい。そもそも僕が批判を浴びたのも、問題の多い書籍を典拠にしていたことだったんですが、それってアカデミズムの外にいると見分けられないんですよ。見た目的には問題がなさそうでも、実はとんでもないことが書いてあったりする。なので、監修のほかにも、リサーチの段階で信頼のおける参考文献を教えてもらったりするようになりました。
──結果として作業の工程が増えていっても、あくまで趣味として楽しんでいるとのことでしたが、番組を続けるモチベーションも変わらないのでしょうか。
水野 そうですね。趣味なのでやめたいと思ったことはないです。僕は基本的に副業ができないので、番組を通じてお金をもらうこともないですし。金銭的なインセンティブがないというか、やめたところで生活に困らないというのもあるかもしれません。生活のための仕事にしてしまうと、楽しむ余白を失ってしまうこともあると思うんですけど。
──そこは趣味だからこその強みかもしれないですね。
水野 あとは、やっぱり堀元さんの存在も大きいです。僕がしゃべった内容を彼が一般化したり、似た構造のものにたとえたり、違う発見に導いたりしてくれるから、やれている。自分が調べたことをもとに相方が別の視点を提示してくれるので、僕は僕でインプットをアウトソースしているような感覚があって。それがモチベーションにもつながっていますね。
──そういったなかで、番組に手応えを感じるのはどんなときなのでしょうか。
水野 書籍を執筆していて番組のリサーチにあまり時間がかけられなくなったときに、僕の身近にいる、おもしろいけど世間的には有名じゃないような人にゲストに出てもらっていたんです。そういう人たちのおもしろさを最大化する企画ができたことはよかったですね。
特にムロさん(室越龍之介)という友人に出てもらった回(「徹底討論!「結論から喋る」は本当に正しいのか?」)は気に入っています。アカデミックなバックグラウンドがある人で、いろんなポッドキャストなどにも出てるんですけど、おそらく一番再生されているのはその回だと思うんですよね。みんなムロさんを正しくおもしろく提示する方法をわかってないとうっすら感じていたので、自分の仮説が当たったようでうれしかったです。
世界とチューニングを合わせられた本

──最近出版された著書『会話の0.2秒を言語学する』についても伺いたいのですが、なぜ「会話で相手に返事をするまでにかかる時間は0.2秒である」ということをテーマにしたのでしょうか。
水野 最初からテーマにしていたわけじゃないんですけど、僕がおもしろいと思ったことを書こうとしたときに、会話はたった0.2秒でできているという軸を通したら、読み物としての強度が上がると思ったのが理由のひとつです。あとは、僕は言語学の専門家ではないけれど、しゃべることを仕事にしているといえるので、会話については言語学者よりも知っているかもしれない。そこをかけ合わせれば、専門性を持たせることができると思ったのがもうひとつの理由です。
──内容についても、水野さんがテーマをもとに文献を読み進めていくような、結論ありきの書き方ではなかったように感じましたが、実際どのように書き進めていたんですか?
水野 書き上げてから章を入れ替えたりはしましたが、本当に結論が見えないまま1章ずつ書き上げていった感じですね。1〜2章くらいまでは「会話の0.2秒」というテーマもなかったので、編集の方も不安だったと思います(笑)。でも、問い自体がおもしろいから、本では結論めいた章も作りましたけど、「ここまでのことがわかりました」と示すだけで終わっても最低限のおもしろさは担保できると思っていました。
──発売されてからの反響はいかがでしたか。
水野 過去に出した本に比べて、感想に幅があるのが印象的でしたね。読んだ人によって注目するポイントや論じ方にかなり差があって。構成を褒めてくれる人もいて、Amazonのレビューで「クリストファー・ノーランの『インセプション』みたいだ」と言ってもらえたのはうれしかったですね。ほかにも、ASDや吃音について扱った部分について当事者の方からよかったと言ってもらえたケースとか、本当に感想が千差万別でした。
──さまざまな人の個人的な関心に引っかかるような作りになっていたんでしょうね。
水野 出版業界の人間として思うのは、それって売れる本の特徴なんですよ。反対もあれば賛成もあって、おもしろいと思う部分も全然違う。そういった反応が自分の本でも起こったことが意外で、うれしかったです。あとは、ゆる言語学ラジオよりも骨太に作ったつもりだったんですけど、意外とスラスラ読んでもらえているようなので、そこもよかったです。僕と世界のチューニングが合っていたんだという気がして。
──今後書いてみたいテーマなどはありますか?
水野 少し前まで『中央公論』で「ことばの変化をつかまえる」という、いろんな分野の先生方に言葉の変化について尋ねる短期連載をやっていたんですが、それを5年以内くらいに本にまとめられたらいいですね。どうしてもリサーチに時間がかかりそうなんですけど、僕の場合、ちょっと調べて1年くらいで書いたものだと、おもしろくならない気がするので。書けるものを書いても仕方ないというか、着手した段階では頭の中で正解や完成形が見えていないものを書かないとダメなタイプだと思うんです。
イルカのように、サボりながら作業する

──水野さんが相当忙しい日々を送っていると聞いた上で聞くのも気が引けるのですが、仕事をしていてサボりたいと思うことはありますか?
水野 息抜きしたいと思うことは、あまりないかもしれないです。本を書いている間も、旅行に行きたいとか、飲みに行きたいとかあまり思わなかったので。全部楽しくてやってることですから。家での作業で息抜きになっているとしたら、トイレに行くことですかね。トイレに本が置いてあって、そこでは作業と関係ない本を読んでもいいというルールにしてるんです。家で仕事をしているときに本が読みたくて、あり得ないくらいお茶を飲むこともあります(笑)。
──ルールに厳格なんですね(笑)。ゲームや動画につい夢中になるようなことはないんですか。
水野 でも、疲れたときに『ハースストーン』というネットカードゲームや、『モンスターストライク(モンスト)』をやったりしますよ。お酒を飲んで辞書を見ながらですけど。モンストは読書中やメールの返信中なんかもずっとやっているので、ビビるくらいランクが高いです。
──同時並行で、サボりながら働いてる。脳の片方だけで眠るイルカみたいですね。斬新なサボり方だ。
水野 普通、サボりに集中しますもんね。常にマルチタスクというか、完全に作業やインプットをしないということは、あんまりないのかもしれない。一番のリラックスタイムはお風呂にお湯を張って浸かることなんですけど、そのときもKindleでマンガを読んでますから。でも、湯船から上がってキンキンに冷えたビールを飲みながら、パンツ一丁でハースストーンをしながら雑誌を読む時間がすごく好きなんで、それはわりと息抜きタイムかもしれない。
──すごく幸せな時間だと思いますが、やっぱり要素が多いですね(笑)。
水野 ひとつのことに集中することって、本当にないですね。サボりについて聞かれることがなかったので、初めて気がつきました。俺、「コスパ厨サボり」だったんだ。新しい自分を知ることができました。ありがとうございます(笑)。
──いえいえ(笑)。ほかに最近関心のあることなどはありますか?
水野 温泉とクラフトビールにはハマりかけたんですけど、やっぱり関心のほとんどを言語学に使い果たしちゃってますね。

撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平
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会話で相手と交替するまで平均0.2秒。この一瞬に起きている高度な駆け引きや奇跡をもとに、言語学の魅力を伝える水野太貴さんの著書『会話の0.2秒を言語学する』が新潮社より発売中。