「答えのない世界で、自分の幅を広げていく」児玉雨子のサボり方

サボリスト〜あの人のサボり方〜

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クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」

作詞家としてアイドルソングやアニメ主題歌など、さまざまな楽曲の歌詞を手がけ、小説家としても芥川賞候補作をはじめ話題作を執筆している児玉雨子さん。どのように言葉を紡ぎ出し、どのように気分を切り替えているのか、児玉さんの仕事とサボりについて聞いた。

児玉雨子 こだま・あめこ
作詞家・小説家。神奈川県出身。アイドルグループ、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に作詞提供。2021年に小説『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)刊行。2023年に『##NAME##』(河出書房新社)が第169回芥川龍之介賞候補作にノミネート。同年9月に文芸エッセイ『江戸POP道中文字栗毛』(集英社)を刊行。

歌詞であることの意味は、リズムにある

250717_0020a ──10代のころから執筆や作詞活動を始められたそうですが、どんなきっかけで表現の道に進まれたのでしょうか。

児玉 もともとマンガやアニメが好きで、最初はマンガを描こうとプロットを書き出してみたんですけど、なんだか小説みたいだなと思ったんです。それを小説として新人賞に出してみたら、受賞までは行かなかったものの、途中の選考まで進んで。

作詞をしたのも、そういったこともあってテレビ局の方から番組主題歌の歌詞を依頼されたのがきっかけです。ただ、やはり「若い女性が書く」ことへの期待も少なからずあったと思います。そういうこともあって、個人的には長続きするものだとは思っていませんでした。

──仕事にするとは思っていなかったからこそ書けたところもあるのかもしれませんが、とはいえ、歌詞なんていきなり書けるものなのでしょうか。

児玉 当時から依頼を受けた以上、自己表現ではなくて仕事であるという意識もありました。だからといって気持ちが入らなかったわけでもなくて、実際にやってみたらすごくおもしろかったので、作詞を仕事にしていけたらいいなと思うようになりました。もともと音楽を聴いたり楽器に触ったりするのも好きだったので、個人的には小説を書いたりすることとの差も感じなかったんですよね。

──思わぬきっかけで作詞家として活動を始められたわけですけど、実際のところどんなふうにお仕事をされているのか教えてください。どのように受注や制作をされているのか、よく知らないもので。

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児玉 まずディレクターや作曲家の方から指名していただくパターンと、コンペに参加するパターンの2パターンがあります。次の段階についてはジャンルによるんですけど、アニメだったら、最初から楽曲や使用シーン、物語上の文脈などもある程度決まっていて、それに沿って書いたりします。J-POPにはそういった文脈がないので、曲によりますね。リアルアイドルだとグループとしてのコンセプトはあるんですけど、逆にコンセプトしかなかったりもするので、そこから私が楽曲テーマを考えることもありますし、ディレクターやプロデューサーのイメージをもとに進めていくこともあります。

──なるほど。では、実際にどんな歌詞を書くかについても、ケースバイケースになりますかね。

児玉 そうですね。難しいのは、発注してくださる方が“児玉らしさ”をどこに感じているのか、その解釈の部分で。おかげさまでいろんなジャンルからお声がけいただいて、自分の中の引き出しはいくつかあるんですけど、どの引き出しを“児玉らしさ”と感じてくださっているのか、考えてしまうことはありますね。

──職人的な作詞家として活動されている面がありつつ、作家性のある作詞家として期待されている面もあるんでしょうね。ご自身ではどう認識されているのでしょうか。

児玉 器用に思われている気がしますが、自分ではそうでもないと思ってるんです。ただ、アニメにもジャンルの幅がありますし、アーティストやアイドルにもいろいろな個性があるので、毎回自分の表現の幅を広げるつもりで向き合っています。

──結果的に職人的な作り分け方をされていると。そんななかでも、ご自身の個性として意識されている部分はありますか?

児玉 韻やリズムがないと「歌詞」じゃないなと思っちゃうんですよ。わざわざメロディに乗せる意味があるのかな、と考えてしまう。歌に乗せる意味は、耳で聴いたときの気持ちよさにあると思っています。そこは歌詞というジャンルとしてのこだわりかもしれません。

安易に人を傷つけず、心に残る表現を追求したい

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──児玉さんといえば、アイドル楽曲などではインパクトの強いパワーワード、パンチラインを生み出されている印象もあります。そういった言葉はどのように生まれるものなのでしょうか。

児玉 自分ではそこまで狙って書いたものではないときもあります。リスナーにいいフレーズだと褒めていただいて、「みんなこれをパワーワードだと思ってくれるんだ」と驚くことのほうが多くて。

あと、私の「パワーワード」という言葉の定義がずれているのかもしれませんが、最近はパワーワードといわれる言葉に、人の心を傷つけるようなものが多いことが気になっています。暴力的な表現や、人をけなすような表現ばかり「刺さる」といわれてしまうことについて、問題視しているというか。人の心を安易に傷つける言葉しか印象に残せないのかな、と。その点は懸念しています。

──目立った者勝ちで、なりふり構わず強い言葉を使うというのは、歌詞に限らず起きている現象かもしれません。

児玉 表面的な言葉で賛否が起これば実績になる一方で、繊細なフレーズが埋もれていってしまうのはどうかと思うんです。もちろんこれは自戒も込めています。やはり優れた表現は胸に刺さって抜けないものなのですが、その攻撃性についてもっと自覚的でいようと。だから最近は、歌詞を書くときに「強い言葉に頼らなくても印象に残る表現を追求する」ということを自分に課しています。「もっと鋭い表現ちょうだいよ」と言われがちですが、その鋭さの方向には少し立ち止まって考えるようになりました。

──すごく現代的な問題意識だと思いますが、ポップスを作ること自体が、時代やトレンドと密接に関係していますよね。児玉さんはその点についてどう向き合っているのでしょうか。

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児玉 最近は、数年前に書いた曲が知らないうちにサブスクやミームとしてバスることもあって、かえって目先のトレンドを意識しなくなってきました。世代論などの話になると「最近の人は目の前のことに追われて……」なんて言われがちですが、一方でプラットフォームの発展のおかげで、昔のものを発見しやすくなっている。だからこそ、「時間を超えてこの曲に出会ってくれる人もいるかも」と、もうちょっと世界というか、他者を信用してみようという気持ちになっています。それだけに、「今はこうやって売り出せば売れる!」みたいな公式のない、難しい時代だとも思いますけど。

──時代やトレンドといった取っかかりがないとなると、歌詞やテーマはどのように考えられているのでしょうか。

児玉 トレンドを意識したものほどうまくいったことがなかったので(笑)、そもそもそういう作り方は自分には向いてないと思っていたかもしれないです。だからといって流行っているものを否定したくないし、職業作家としては反省すべきなんですけど。私はたぶん、「この人、何言ってるかわかんないよね」枠に入れられてるんじゃないかな(笑)。

──世代についてはどのように意識されていますか。たとえば、同世代のアイドルに寄り添った歌詞を期待されていたのが、だんだんそうはいかなくなってきたりすることがあるのかなと。

児玉 20代のころから、自分はアイドルやタレントがいうところの「大人」の側にいると思っていました。よくいうじゃないですか、不都合な存在を「大人」って(笑)。見た目や属性が近くても私はその「大人」だから、アイドルやタレントと同じ視点では書けないという自覚があって、そのように振る舞っていました。

どちらかというと、私が意識していたのはリスナーですね。リスナーの目を見ている感じが自分の中にある気がします。ステージに立つ人の視点には立てないから、リスナーやファンとして聞きたい表現、言葉、テーマを考えるようにしてきました。

──たしかにリスナーの視点でもストーリーは広がりそうですね。あと、作詞における児玉さんの理想について伺いたいのですが、これまで満足いった経験や、理想のイメージなどはありますか?

児玉 これまで書いてきた歌詞については、改めて曲を聴くと書き直したくなってしまうので、満足したことがあるとはいえないですね。もちろん、その曲を好きになってくれた人のことを否定するわけではなくて、クリエイターとしてどうしても「やっぱりここはこうすればよかった」などと思ってしまうというか。これはもう治らないだろうなと思います。

小説は他人の目で世界を見ることができる

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──児玉さんは小説家としても活躍されていますが、小説を書くという作業は、また作詞とはモードが異なるものなのでしょうか。

児玉 作詞は良くも悪くもお仕事として取りかかっているので、小説は明確にスイッチが変わりますね。特に私は純文学と呼ばれるジャンルで書いているので、基本的には自分でテーマから何から組み立てている。J-POPは曲が先行することがほとんどなので、自分で一から作っていける小説は、また別の楽しさがあります。

あと、作詞はどれだけ論理から飛躍できるか、予想外のフレーズが出せるか、という世界なのに対して、小説は世界をひとつずつ組み立てていくものなので、その違いも感じます。歌詞だと先に韻があって意味があとからついてくるようなこともよくありますが、小説だとそうはいかなくて。書いているうちに主人公が勝手に動き出すような感覚はあるんですけど。

──登場人物が動き出すのも、緻密な設定があってこそですよね。小説では、現代的な女性の内面を描いていることが多いように感じたのですが、テーマとして意識されることはあるのでしょうか。

児玉 ジェンダーの話は、自分が「若い女性の作詞家」みたいにいわれてきたこともあり、切り離せないテーマではあります。ただ、たとえばジェンダー格差の問題は経済格差の話でもあるなど、いろんなテーマが私の中で結びついているんです。それをジェンダーの話と捉えるか、経済の話と捉えるかは読む方によって違うので、作詞における“児玉らしさ”と同じように、みんながそれぞれの視点で作品を読んでくださっている気がしますね。

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──人物造形やテーマについて、日常からインスピレーションを受けることはありますか。「これ、小説のネタになるな」みたいな。

児玉 人が意図せず本音を漏らす瞬間は気になりますね。コンプライアンス的に問題があるような言葉じゃなくても、「すごく本性が出ちゃってるけど、本人は全然悪いと思ってなさそうだな」みたいなことってあるじゃないですか。そういう瞬間は内心うれしいですね。

あとは、そのコミュニティだけの独特な風習なんかも好きで。業界ごとの符牒(ふちょう)もおもしろいし、ラーメン界隈の独自のルールやワードみたいな、謎のしきたりとか専門用語みたいなものに出会うと「おっ!」と反応してしまいます。

──最近発表された小説『目立った傷や汚れなし』でも、フリマアプリを使って「せどり」(安く仕入れた商品を高く売ることで利益を得るビジネス)を行うサークルが登場しますが、あれも独自のカルチャーを感じました。

児玉 せどりビジネス関連の動画もすごいんですよ。グリーンバックで合成した夜景をバックに成功を演出しながら、「原価が80円で売られているこれを150円で売れば、70円の利益確定です! おめでとうございます!」みたいに、まだ売れてもいないどころか仕入れてもいないのに、売れた体(てい)でどんどん話していく。すごくリズムがよくて話もうまいから、気を抜くとあっという間に飲み込まれそうで怖かった。思わぬところで言葉の魔力を感じましたね。

──本当にバカにできないですよね。では、登場人物を描くにあたっては、どういった準備をされているのでしょうか。

児玉 現実的な設定や人物の状況などはある程度考えておきますが、書いてみないと進まないので、私はとりあえず書き出してしまいます。作詞でのクセというか、発注の意図が見えていない場合も少なくなくて、「とりあえず複数パターン書くので、その中から選んでもらっていいですか?」といった進め方もしていたので。ただ、小説ではもうちょっと考えないとマズいと思って、最近は時系列や設定などをもう少し整理するように意識しています。そうしたら、すごく書きやすくて。気づくのが遅すぎますよね(笑)。

──ほかにも小説ならではの醍醐味、おもしろさを感じることはありますか?

児玉 まったく別の人の目で世界を見られることですね。一人称で書いているとどうしても作家の主観は入ってくるんですけど、それでも書いているうちに「私、こういう世界の見方ができるんだ」と気づかされることもあって。別の人の目を通じて初めて知ることがあったり、普段は考えてもいなかったことを考えたりするので、いろんな人を書きたいと思っています。

最近の趣味は「教室荒らし」?

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──児玉さんのサボりについて聞かせてください。普段、ついサボってしまうようなことはありますか?

児玉 ずっと仕事をしているイメージを持たれがちなんですけど、人の2〜3倍はサボってると思います。私は睡眠のリズムを作るのが苦手で、本当に一日中寝すぎてヤバいときがあったので、ジムに行く習慣をなんとかつけました。ジムでのウェイトトレーニングって、漫然とできないんですよ。集中しないと器具を落としたりケガしたりするので。だから、いろんなことを考えて頭がこんがらがってきたときや、ネガティブなことを考え始めてしまったときもジムに行きます。集中する状況を無理やり作ると、その時間は仕事のことを考えなくなるんです。

──筋トレが精神的なリフレッシュにもなってるんですね。でも、ジムに行くと疲れてまた寝てしまいそうです。

児玉 そうなんですよ、本当にどうすればいいんですかね(笑)。

──文章だと最初に書き出すまで時間がかかるようなこともあると思いますが、児玉さんはどうですか?

児玉 めんどくさいなと思うこともありますが、「やれば終わる」という気持ちでやっています。とりあえずキーボードに触れるとか、ハードルの低いところから始めるんです。動き出しさえすればどうにかなるので。逆にどうにかなることしかやってこなかったというか、本当にやってもできないことから逃げ続けて今ここ、という感じなので……。

──ずっとモニターとにらめっこするタイプですか?

児玉 ツールやソフトにそこまでこだわりはなく、なんでもいいので、その時々で変えることもあります。歌詞はなんだかんだペンを握って書きますね。iPadのノートアプリにスタイラスペンで書き込んで、Wordで整えて、そこから合成音声ソフトに歌詞を打ち込んで、耳で聴いてまた直して……という工程を踏みます。打ち込んだり歌にしたりすることで直したい部分も見えてくるので、とりあえず書くことが大事なんです。歌詞の場合は、譜面を見ながらメロディやリズムが可視化された状態で書くとか、いろんなアプローチで向き合っていますね。小説だとモニターとにらめっこしてるかもです。

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──そうやって勢いがついてきてからの息抜きも、なかなかタイミングが難しいですよね。

児玉 筆が乗ってきたときに無理に止めることはしませんが、私はあまりアドレナリンに自分を任せないようにしています。時間割みたいなものを作って、時間が来たら強制的にシャットダウンする。基本が夜型なので、そうしないといつまでもダラダラしてしまいそうで。

──自分で定時を作るっていいですね。定時後の楽しみなどはありますか?

児玉 小説を読んだり、映画を観たりすることが多いですね。とはいっても、仕事中も「今はダメだ、書け!」って思いながら、本を読んだりしてしまうんですけど。本や音楽は「仕事の一環なんで。インプットなんで」って言い訳できるので、つい手を伸ばしてしまいます。

──趣味と仕事が被っていると、どうしても境界線が曖昧になりますよね。

児玉 そうなんですよ。ほかに趣味もなくて。でも最近は、陶芸やクラフト系の教室に行くようになりました。言葉はどうしても手で触れられないので、その反動から手で触れられるものが好きなんです。といっても、いろんな陶芸教室で初心者クラスの初回を荒らしたりするようなものですけど……。この前は着付け教室にも行きました。陶芸や着付けはスキルがないぶん、集中しないとうまくできないところもよくて。

──「教室荒らし」が趣味とは初めて聞きました。でも筋トレに通じる、仕事を忘れられる趣味といえそうです。

児玉 たしかにそうですね、休みのときはいろんな教室を荒らしてます(笑)。

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撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平

サボリスト〜あの人のサボり方〜