真っ暗な布団の中、小さな光でSFを読み漁った夜(西田 藍)

エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。ここを編集

西田 藍(にしだ・あい)
1991年生まれ、熊本市出身福岡市育ち。文筆家・書評家・エッセイスト。16歳で高校を中退後、引きこもり生活を経て「ミスiD2013」でアイドルデビュー。以後、グラビアアイドルとしても活動しながら、各種メディアへの寄稿を続ける。現在は大阪在住。SFやサブカルチャーに軸足を置きつつ、自身の経験をもとに、家族・教育・社会の語られにくい部分を静かにすくい上げている。『SFマガジン』(早川書房)にて「にゅうもん! 西田藍の海外SF再入門」を連載中。
20年前。
……20年前!?
私が中学生のころ。
「ケータイ小説」が流行していた。
ケータイ小説とは、2000年代前半に日本で流行した、携帯電話向けに書かれた小説群の総称。多くはいわゆるガラケーを通じて読むことを前提に作られ、短いセンテンスと頻繁な改行が特徴だった。ガラケーで書かれた、ガラケーで読める、ケータイの世界の文学。
恋愛、病気、家庭問題など、センセーショナルな題材が中心で、文体や内容に対しては「稚拙」「非文学的」とする批判もあった。人気小説は出版もされて映画化もされたけれど、大人たちはその流行を、バカにしていたように思う。
中学生の私は、バカにこそしなかったけれど、ケータイ小説の読者ではなかった。
今でこそ、あの時代の10代に必要な物語であったとわかるし、文化的意義もあったと思う。当時の若年層の感情や現実をリアルに反映していたんだと思う。
でも、当時の私にはさっぱり魅力がわからなかった。私の人生がわりとセンセーショナルだったし、落ちるかもしれない闇を恐れて、距離を取りたかった。
不良は、ダサいと思っていたから。
(それに、どんな時代のどんな文体のどんなジャンルでも、恋愛がメインの小説は嫌いだった、ということもある)
だが、私はまた違ったかたちで、ガラケーで小説を読み漁っていた。
ポチポチとケータイをいじってばかりの、みんなと同じイマドキの中学生。読んでいたのは、夢野久作(ゆめの・きゅうさく)や海野十三(うんの・じゅうざ)など、著作権の切れた、幻想、怪奇、SF小説。
すべて合法で無料で読める!
青空文庫という著作権が消滅した文学作品や著者が公開を許諾した作品が、インターネット上で無料公開している電子図書館サイトの、ケータイ版のそれに入り浸っていたのだ。
眠くても寝たくない、明日が来てほしくない夜。
別にただの中学生の日常が過ぎていくだけなのに、どうしようもなくつらくて、でも、逃げ出す場所もなくて。
ケータイは人より早く持っていたから、それが世界とのつながりで、でも結局つながったのは、古臭くて、いい意味で黴(かび)臭くて、それが新しくて、小さな小さな掌編たちだった。

ちょうどこの前の5月に、世田谷文学館で行われた『海野十三と日本SF』の展示を見た。2025年9月28日まで開催中である。
海野十三は日本で最初に「SF作家」と名指しされることになった人物で、昭和初期、科学と空想の狭間で、まだ“SF”という言葉すら一般的ではなかった時代に、空想科学的な物語を次々と発表した。
中学生当時は、ただおもしろい作品を書く遠い昔の人としか知らなかった彼の人生と日本SFの知識を、大人になって「展示」として見るのは感慨深かった。
私にとってはケータイで読む、言ってみればケータイの世界のアングラ作家だったのだから。
私にとって日本SFは「夜」だ。
真っ昼間のピクニックで読むものではなくて、夜、真っ暗な部屋の布団の中で、小さな小さな光る画面に映る小さな小さな文字を追うものだ。
印刷された紙よりも、物語は手のひらに届く光の中で息をしていた。ストーリーの進行は画面のスクロールとともにあり、データ通信料を気にしながら、そしてパケホ(※パケット通信定額制サービス)の登場に喜んで。
あの時代にとって近未来の世界に住む私が、違う世界線の未来を読む。
あのころの夜の読書体験は、誰かに話すようなことではなかったし、話したところできっと伝わらなかったと思う。携帯の光がほのかに顔を照らす、その孤独な光の中でしか成立しない読書だった。
そしてその“未来”は、どこか奇妙で、どこか懐かしかった。過去の人が夢見た未来を、ケータイという当時の最先端の小道具で読む、その矛盾がたまらなく心地よかった。
あの日の気分になりたくて、この原稿もスマホでポチポチ書いてみたけれど、さすがにガラケー入力まではできなかった。あれ、今でもできる人いるのかな。
そしてこれは秘密だけど、私もケータイ小説を書いていた。ガラケー入力で、ポチポチずっと。
恋愛小説が嫌いと言いながら、中世風ファンタジー世界(そう、今まさに流行っている“小説家になろう系”世界のような!)の恋愛小説を、ケータイのメモ帳に。
発表してみればよかったかも、と大人の私は思ってしまうけど、きっととてつもなく稚拙だろうな。それも、愛おしいけれど。
文・写真=西田 藍 編集=宇田川佳奈枝