「仕事も趣味も“収集”をモチベーションにする」宇垣美里のサボり方

サボリスト〜あの人のサボり方〜

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クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」

今回お話を伺ったのは、フリーアナウンサー・俳優の宇垣美里さん。ドラマ出演やラジオパーソナリティ、コラムの連載など、さまざまな顔を持つ宇垣さんに、そのスタンスや切り替え方を聞いた。

宇垣美里 うがき・みさと
1991年、兵庫県生まれ。TBSアナウンサーとして数々の番組に出演し、2019年に退社。現在はドラマやラジオ、雑誌、舞台出演のほか、執筆活動も行うなど活躍の幅を広げている。『週刊文春』(文藝春秋)、『女子SPA!』(扶桑社)などでマンガや映画のコラムを連載中。著書に『今日もマンガを読んでいる』(文藝春秋)、フォトエッセイ『風をたべる』(集英社)など。

ラジオは自分の思いを話すことができる場所

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──現在はさまざまな分野で活躍されていますが、やはりTBSでアナウンサーをされていた経験が、活動の土台になっているところはあるのでしょうか。

宇垣 そうですね。中でもTBSにはラジオがあったので、ラジオで自分の思っていることや人におすすめしたいことなどをしゃべってきた経験は大きいです。こうしたインタビューでもなんでも、振られた質問やテーマに対してすぐに返すという反射神経は、TBS時代に鍛えられました。

また、何か心に残るものがあったら、それについてどうしゃべろうか考えたり、なぜそれがよかったのか、どこが響いたのか、言語化したりする習慣がついたのも、あのころの経験によるものだと思います。

──TBSラジオというラジオ局もあることで、アナウンサーのみなさんがテレビとラジオ、両方出演されているのはTBSならではですよね。

宇垣 アナウンサーが自分の思ったことを話す機会は、なかなかないんです。番組にもよりますが、ラジオでは「あなたはどう思ったの?」と聞かれることが多いので、とても幸運だったと思っています。私は比較的早いうちからラジオの仕事につくことができて、すごくありがたかったです。

それに、スタッフさんから「あなたは何か書いてあることを話すよりは、それに対してどう思ったのか話すことのほうが好きなんだね」と言われたこともあり、ラジオは自分に向いているメディアなんだと思うようになりました。アナウンサーとしては、いいことなのかどうかわかりませんが。

──ラジオでの経験というと、フリーになった現在も曜日パートナーを務められている『アフター6ジャンクション』(※)の存在は大きいのではないでしょうか。

宇垣 本が好きです、映画が好きです、舞台が好きです、マンガが好きですと言っていたら、アトロクというカルチャー・キュレーション番組を担当させていただけたので、好きなことを言い続けるのって、大事だなと思いました。

今ではもう実家みたいな存在です。番組もパーソナリティの宇多丸さんも、私たち曜日パートナーのことをひとりのパーソナリティとして大事にしてくださっていて、「この人が輝くもの、おもしろいと感じるものはなんだろう」と考えてくれるんです。だから、曜日によってカラーが全然違うんですよね。一番自分らしくいられて安心できる、とても大切な番組です。

(※)RHYMESTERの宇多丸がパーソナリティを務めるTBSラジオの生ワイド番組。通称『アトロク』。現在は『アフター6ジャンクション2』として放送中。

──リスナーも、この番組を通じてパートナーの方々の個性を見出し、親しみを覚えているように感じます。

宇垣 そうですね。ある意味では甘やかされているとも思います。でも、たとえばお酒好きの日比麻音子アナウンサーに『おんな酒場放浪記』(BS-TBS)のお仕事が来るようなことって、なかなかないじゃないですか。知られざるパートナーの一面に光を当ててもらえている。私も番組で発信していたから映画のコメントや本のお仕事をいただけるようになったので、すごくありがたい場所だと思っています。

──宇多丸さんから影響を受ける部分もありますか。

宇垣 それはもう、こんな大人になりたいと常々思っていて。私より忙しいのに、あまりにもたくさんの映画や本、ゲーム、ライブなどに触れていて、意味がわからないです(笑)。あと、インプットを続けているからこそ、自分の考え方が古びていないか常に懐疑的で、だから「おじさんみたいなことを言う!」と感じることが全然ない。それって奇跡みたいなことだなと思っています。私ですら若い世代の人たちに寄り添えているのか、ずっと自信がないのに。

文章の自分が、一番ウソがない

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──最近はコラムやエッセイを書く仕事も多いですよね。書くことには立ち止まったり迷ったりしてしまう場面もあるかと思います。文章を書くことについて、どう思われていますか。

宇垣 もともと記者を志望していたくらい、書くことは好きだったんです。それが巡り巡ってお仕事になり、人に読んでもらって褒めていただけて、本当に運がいいなと思います。話す言葉ってパッションが伝わるぶん、思ってもない言葉が出てきたり、強すぎてしまったりすることもあるじゃないですか。でも、書くことは考えたり見返したりして推敲するし、編集者さんの意見や校閲も入るので、伝えたいことについて「これで勘違いされるなら、もうしょうがないよね」と思えるところまで研ぎ澄ますことができる。だからこそ、一番ウソがない、私自身だなと思います。

──ご自身の濃度が高い文章を世に出して、人に読まれることについてはどう感じられていますか?

宇垣 エッセイはまた違ってきますが、映画評やマンガ評、書評などでは基本的に作品について書くので、あまり気にしていないかもしれません。ただ、私は作品について学術的に書くことはできないので、なぜ心に刺さったのか、自分を介して書くしかない。そういう意味では自分のことを書いているんですけど、書評なら「頼むからこの本を読んでくれ!」という思いがまずあって、そこから読んでくれた人に刺さったらうれしいという気持ちが大きいですね。

──「自分」の出し方以外にも、ジャンルによって意識の違いはありますか?

宇垣 メディアによって読み心地は変わるべきだと思っています。たとえば『週刊プレイボーイ』(集英社)で連載しているエッセイなら、読んでいて楽しいリズムや読みやすさにこだわるなど。文章がリズミカルであることを大事にしていて、読み心地のために多少創作することもあります。

人の本を読むときも、文体がすごく気になるんですよ。同じことを書いているのにその人らしい文章になるのは、文体にその人が宿っているからだと思うので、自分の文章でも人の文章でも、そこはすごく意識していますね。

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──文体以外にも、エッセイだと「何に引っかかるか」といった着眼点にも個性が出ると思います。宇垣さんはどんなことが心に残りやすいと思いますか。

宇垣 プレイボーイは毎週締め切りがあるので、ネタになると思ったものはすぐに書いちゃうんですよね。ただ、心惹かれたエンタメについては、観ている人と観ていない人がいるので、よっぽど好きでない限りはあまり扱わないです。なので、人が「あるある」と思ってくれるような日常の些細な出来事や、「私だけじゃなかったんだ」と思ってもらえるような自分のダメな瞬間などを書くようにしています。

──なんだか毎週エピソードトークを用意しているラジオパーソナリティみたいですね。やっぱり締め切りの数日前からソワソワしたりするものなのでしょうか。

宇垣 いや、だいたい締め切りの日になって「書くことなーい!」と絶望することがほとんどです。だから、前回の原稿を書くまでに時間がかかりすぎたときは、その翌週に先週いかにダラダラしていたか書いたりすることもあります。あとは、自分のめんどくさい部分について、心に引っかかったことだけメモしておいて書くこともありますね。たとえば初めて会った人に「どういう性格なんですか?」と聞かれて、どういう性格かひと言で答える人ってちょっとヤバくないか、と思ってしまったこととか。

けっこうメモ魔で、3年日記っていう、1ページが3年分に分かれている日記もずっと続けています。1年前、2年前に書いたことと見比べられるので、「うわ、1年前と同じこと言ってる」みたいな発見でエッセイが1本書けるんですよ。

自分の中の引き出しを埋めていきたい

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──宇垣さんはラジオや執筆活動以外にも幅広く活躍されていますが、仕事ごとに求められる役割について、どのように向き合っているのでしょうか。

宇垣 特にテレビのバラエティなどはある種のキャラクターを求められることもありますが、それはお仕事としてできるだけ応えるようにしています。ただ、自分の中から出てこないもの、自分の倫理や思想に反するものはできないので、そこは厳しくジャッジしていますね。5センチぐらい思っていることを30センチにすることはできますが、0から5センチにしてしまったらウソになるので自分が悲しくなるし、責任も取れないです。

──たしかに、宇垣さんは自分なりの倫理観を大事にされている印象があります。では、そういった求められることと資質がマッチしていると感じる仕事や、自分からやってみたいと思う仕事はありますか。

宇垣 私は表現することがすごく好きなので、書くことでも、しゃべることでも、番組に出ることでも、演じることでも、その媒体に合わせて自分が出したいものを表現するのが向いているなと思っています。

あとは、自分の中の空いている引き出しを埋めるのが好きで、やったことのないことをクリアしていくと、すごく豊かな気持ちになります。ちょっと収集癖に近くて、やったことのないことはなんでもチャレンジしてみたいし、食べたことのないものも食べたいし、行ったことのないところに行きたい。それが自分の原動力になっていますね。

──珍しい引き出しを埋めた経験としては、どんなものがありますか?

宇垣 演技のお仕事も、最初は空いていた引き出しのひとつで。バラエティ番組のようなある瞬間に集合してパッと解散するような現場と違って、ドラマや舞台は長いスパンをかけてみんなで作り上げていく。チームとしてひとつの作品を作り上げていくという経験は新鮮でしたし、自分はそういうことが好きなんだという発見がありました。

──では、今後埋めてみたい引き出しは?

宇垣 作る側ですね。映画やドラマの監督、小説家といった0から1を生み出す仕事にすごくリスペクトがあるからこそ、そんなに簡単にできるものではないだろう、と自分の中でハードルが上がってしまうのですが。

──勝手ながら、小説はすごくイメージできる気がします。

宇垣 短編を書いたことはありますが、自分の中に蓄積がありすぎて、何をやってもダメだと思ってしまいそうなんですよ。自分の中にいろんな方の影響を感じてしまったり、すでに書かれているなと思ったり、そこをどうやって乗り越えていくかですね。あとは、虚実を織り交ぜるエッセイから、小説というウソへの一歩が踏み出せるかどうか。そのあたりはまだわかりませんね。

仕事としても、サボりとしても、本を読む

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──原稿の締め切り前についダラけてしまうとおっしゃっていましたが、サボりグセはあると思いますか?

宇垣 ありますね。お仕事する時間はできるだけ短く巻いていくのが好きなんですけど、書くことだけはやる気スイッチ頼みすぎるっていう。結局、締め切りの日にため息をつきながら構成用のノートを広げることが多いです。

そこからまずノートに書きたいことを並べて、書く順番をつけていくんですけど、それができたところで一回「終わった〜」と思ってしまうんですね。それでダラダラしたり、本やマンガを読んだりして、日付が変わってから「うわーっ!!」と慌ててパソコンを開くこともよくあります。それもまた終わりが見えてくるとできた気になって、紅茶を淹れようとしたまま紅茶の並びを入れ替え始めたり……。

──テスト前の学生みたいですね(笑)。よくわかります。本を読むような腰を据えたサボり方はなかなかできませんが。

宇垣 映画は受動的に観るので、家だとどうしても気が散ってしまう。でも、本は自分で目を動かしながら能動的に読むので、その労力によってムダな力がそがれるというか、無心になって作品に集中できるんですよ。違う世界にダイブしているような感覚ですね。

ただ、ちゃんとお仕事に関係のある本を読んではいるんですよ。エッセイの参考に人の作品を読んでみるとか、書評を書こうとして著者の昔の作品も読んでみるとか、帯コメントを依頼されている作品を読み返すとか、今読む必要があるかどうかは別として、読む理由はあるんです。

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──読書が仕事であり趣味でもあるから、読み分けることがリフレッシュにもなるんですね。

宇垣 そうですね。単に集中力がないだけかもしれませんが、ずっとパソコンの画面をにらみつけているくらいなら、気持ちを切り替えてほかのことをやっちゃったほうがいいような気もして。それに、「いつか絶対に原稿はできる」という自分に対する謎の自信と信頼があるんです(笑)。それが「今日中にやる」から「寝るまでにやる」、「編集者さんが起きるまでにやる」に変わっていったとしても。

──では、読書以外で、もっとシンプルに息抜きや楽しみになっているものはありますか?

宇垣 1日休みがあれば日帰りで広島に行ったりするくらい旅行も好きなんですけど、最近ハマっているのは、シルバニアファミリーを集めることです。コンビニで売っているのを見て「かわいいな」と買ってしまったのが沼の入口で、ポップアップストアや専門店にまで行くようになりました。

シマエナガの服を着ているアザラシの赤ちゃんとかがいるんですよ。そんなかわいくて平和な世界を眺めてニコニコしています。あとは、ダム。ダムを見に行って、ダムカードを集めるのが好きです。

──ダムカード?

宇垣 ダムに行くと、そのダムの写真や歴史、情報が載ったカードがもらえるんですよ。大きな人工建造物がすごく好きな上に、収集癖も満たされるところがいいですね。ダムを見ているうちにだんだん解像度が上がってきて、形状や仕組みの違いが見分けられるようになってきました。この前、ついにダムのお仕事もいただいて、またひとつ好きと言っていたものが仕事につながり、ダムカードまでもらえてうれしかったです。

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撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平

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