私が私の背中を押した。巻き戻すことはできない夜(福田沙紀)
エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。
福田沙紀(ふくだ・さき)
1990年9月19日生まれ、熊本県出身。13歳のときに「第10回全日本国民的美少女コンテスト」にて演技部門賞を受賞。2004年にドラマ『3年B組金八先生(第7シリーズ)』(TBS)で俳優デビューを果たし、2005年には高見沢俊彦プロデュースで歌手デビュー。2024年、ショートドラマ配信アプリ『BUMP』の『大人に恋はムズカシイ』で初めて監督を務めた。
夜。
よる。
夜はどちらかというと、わたしは苦手な時間帯かもしれない。
いや
“苦手な時間帯かも”ということを含め
好きだったりもするのかもしれない(笑)。
その日の失敗を思い返して
反省しては後悔して
時間を巻き戻すことはできないのに
気にして眠れなかったりしたこともあった。
そんなふうに考えて過ごした時間が思い浮かぶ。
20歳くらいのころだったか、いつか監督をしてみたいな。
そんな好奇心が芽生えたけれど
自分でなにかしらできない理由をつけて、できないもののひとつとして選別していた。
それから十数年変わることはなかったのだが
とある日の夜。
たった一度の人生
頭の中にふと浮かんだその好奇心に飛び込んでみてもいいんじゃないか?と自分に問いかけられた。
たしかにそもそもできないと誰が決めたんだ?
いつの間にか自分で自分の可能性を狭めているだけだったのではないか?
私のための人生、もっとたくさんの景色を見てみたい。
この夜。
私が、私の背中を押した。
そんなこんなで監督に初挑戦することになったのだが
企画自体は2023年の夏ごろから動き始めた。
まずは先方から企画書をいくつか提案してもらい
どんな作品が作りたいのかを打ち合わせをして
作品が決まったら脚本会議で何度もブラッシュアップしていった。
1話3分で全10本のショートドラマ。
作品の登場人物の年齢がスタッフに近いこともあって
アットホームな雰囲気の中で進んでいった。
話ごとのテーマと話のフックになる部分を10本分作り
脚本が少しずつ上がってきていた。
その次の会議で思いもよらない大幅な変更が出た。
“ユーザーのみなさんのニーズに合わせて1話1分前後にしたい“
ほう。なるほど……。
1話1分。
“ショートドラマ”とはいえ
ショートショートすぎませんか!?!???!????
あまりの尺の短さに驚きつつも
やる気に満ちている自分がいた。
2時間だって、1時間だって、30分だって、10分だって、1分だって!
そう、やるのみ。
そうなると単純計算で考えて、全体の尺としてはほぼ変わらないとはいえ
話数が増えれば話ごとの構成も変わってくる。
1話ごとに必ず導入部分と、1話の終わりで次が見たくなる構成にしなければならない。
そんなことをしていたらあっという間に1分は過ぎ去ってしまうのだが、私は意外と冷静だった。
さらに脚本会議を行い、構成を変更し、脚本が上がってきて、でき上がった台本をもとにどんどん準備が進んでいった。
キャスティング、ロケハン、美術打ち合わせ、衣装合わせなどなど。
自分の頭の中にあるイメージを共有していく。
そのイメージの一つひとつが小道具や衣装、ロケ現場などに具現化され作品の世界ができ上がっていく。
なんというワクワク感。
どの作業もどの瞬間も愛しくて仕方なかった。
撮影自体は5日間。
毎日、朝から晩までの撮影。
「福田組。クランクインです!!」
“福田組”というワードはなかなか慣れなくて、聞くたびになんとも不思議なふわふわとした気持ちになっていた。
初めてカット割りを伝える際、口にしようとすると少し緊張で喉の奥が詰まった。
もともと私は撮影現場で監督を中心にスタッフさんたちが集まってカット割りをしているところを見るのが好きなのでよく見ていたのだが、もちろんやったことはない。
まさか好きで見ていたような光景の真ん中に自分が立つことになるとは。
と、思いつつカット割りを伝えなければ現場は進まないので、意を決して口を開いた。
“好き”に助けられた瞬間だった。
無事に撮影を終えると編集作業などが待っていて
役者さんのいい表情やお芝居、部分をできるだけ拾って活かしたかったので、OKテイク以外も全素材をもらってチェックした上で編集を行っていった。
現場でも感じていたが、改めて一つひとつのカットを見ると愛しくて愛しくてたまらなかった。
編集作業に没頭して、気づいたら夜になっていた。
その夜、私は宇宙を感じた。
意味合いとしては「世界が広がっていった」ということが伝えたいのだが、頭の中に広がる世界がとても自由で、その暗闇は無限に広がっているように感じた。
行き止まりはない。
どこまでも自由に進んでいけるようで、星がキラキラ輝くように自分の瞳がキラキラ輝いているのを感じた。
そして次に音の最終調整であるMAを行い
カラーグレーションで作品の雰囲気を調整していく。
それぞれの仕事が集結し作品ができ上がる。
これまでの役者として作品に参加してきた景色とはまた違う監督という立場で作品作りに携わってみて、改めて作品作りが好きだということを全身で感じた。
各部署の動きや流れはなんとなく把握していたものの、
役者の目線だけでは直接はなかなか見られなかった作業を、今回実際にやってみたり見ることができて、さらに制作することに対しての想いが強まった。
このエッセイを書きながらふと、
小さいころ、自分でカセットテープにラジオ番組を作って収録していたことを思い出した。
「続いてはこの曲!」と曲紹介をして音楽を流す。
音楽はCD プレイヤーで流して、カセットテープに録音している間は自分の声が入らないように黙っていなければならない。
とはいえ紹介する曲は自分が大好きな曲ばかりでついつい口ずさんでしまいそうになりながらも、必死に我慢して録音していた。
たまに録音していることを知らずに私の部屋に入ってきた母の声が録音に入ってしまうと「今、録音してるのに!」とわりと本気で怒って、テープを巻き戻して仕切り直せるところからまた録音し直していた。
何かを作ることが好きで、どんなときも夢中で真剣に取り組んでいたなと思い出した。
思いきって挑戦してみた先に見えた景色は、想像していたよりもすばらしい景色と経験と感情、そして人とのつながりを運んできてくれた。
あの夜がなければきっと出会えなかっただろう。
“好き”という純粋な気持ちをこれからも大切にして
宇宙に飛んでいくような夜を重ねてたくさんの景色に出会っていきたい。
文・写真=福田沙紀 編集=宇田川佳奈枝