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2008年10月26日 09:30
久しぶりのパリで2日間だけ休んだ後、次の公演先であるドイツのベルリンへ移動した。一般的に、僕はフランスをベースに活動している印象を持たれているかもしれないけれど、ドイツとの出会いは、20年前、僕のヨーロッパでの活動の始まりである1988年までさかのぼる。ルフトハンザ航空の飛行機で、霧のハンブルグ空港に初めて降りたった時、ちょっとのワクワク感と、山盛りの不安感でいっぱいだったことを覚えている。まだまだ自分に自信が全く持てない、悶々とした修行時代を、このドイツでスタートしたのだ。
1994年にベルリン交響楽団(現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)を始めて指揮し、それ以来ドイツのほとんどの主要な街で指揮をしてきた。僕は、世界中のオーケストラを数多く指揮してきた一人だけれど、指揮をすることって、ラーメンの屋台を引っ張って、世界中を旅行しているようなものだと思っている。「美味しい」と思ってもらえるものを、いろんな意味で国境を越え、お互いを認め合いながら、伝えられたらいいなと、いつも思っている。21日にベルリンのフィルハーモニーホールで行われた、ベルリン・ドイツ交響楽団との演奏会レポートは、今回の演奏会でもコントラバスを弾いていた、友人でもある高橋徹さんのブログを御覧頂けたらと思う。http://diary.jp.aol.com/xm32ubfvb/
さて、今回は「オーケストラアンサンブル金沢」を指揮して、モーツァルトの交響曲25番にスポットをあてた。僕は番組内でも「ロック魂」という言葉をよく使っていたと思うが、ロックの持つ物凄いエネルギー、高揚感、スリル。こうしたものはクラシックを演奏する時であっても、非常に大事だとまじめに思っている。今回ゲストで出ていただいた、あれだけモーツァルトを愛していらっしゃる、なかにし礼さんにも、このことには賛同をしていただいてとても嬉しかったし、美しい音の代表者モーツァルトの天才性が別の角度から改めて証明できた気がする。
しかし、ドイツというところは味わい深い。明らかに、聴衆がすぐれた鑑賞する能力を持っている気がする。それは決して伝統という、時間の経過だけが理由ではない。きっと数々の名指揮者がこの指揮台に立ち、聴衆と共に素晴らしい時間を少しずつ作り上げてきたからなのだろう。ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」の第2楽章、そう、あの「家路より」が鳴り終わったとき、会場には溜息が聞こえた。そして全ての音が終わった時、しばしの静寂の後、まるでロックコンサートのような喝采で盛り上がった。こんなに素晴らしい聴衆がいるベルリン、世界最高の音楽都市だと思う。 |
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