こんにちは。“題名舞台裏ウォッチャー”キャンディーです。今月「題名のない音楽会」は収録ラッシュで、今週も7(水)に収録がありました。この日は5月25日から10週に渡ってお送りする「番組50周年記念企画」の第1弾の収録で、番組が始まった1964年の音楽を振り返りました。当時はちょうど東京オリンピックの年で、活気にあふれていた様子が当時の流行歌からも感じ取れました。そしてもう1本は今大ヒットを飛ばしている「アナと雪の女王」を主題歌を歌っていらっしゃるMay Jさんに初のオーケストラ演奏で歌って頂きました。こちらの放送が夏休みとなっていますので、それまでお楽しみにお待ちください。
さて今日の放送は、モーツァルトがまだ神童ともてはやされていた、16歳の時に書いたと言われている珍しいピアノ協奏曲を取り上げました。こちらの曲はあまり演奏会で取り上げられる機会がないような作品だということもあり、作曲背景についてもあまり研究が進んでいません。しかし、今回を機に調べてみると、興味深いことが分かりました。
そもそもこの作品はモーツァルト作曲ではなく、師と仰いだクリスティアン・バッハ(大バッハの息子)の原曲をモーツァルトがオーケストラ編曲したという事実です。モーツァルトと言えば湯水のようにメロディが湧き上がってきて、いとも簡単に作曲してしまうイメージがあります。事実、譜面の書き直しなどほとんどなく、あえて他人の曲を使用するのはどうしてかな?と思っていましたが、そのカギはどうやら「ピアノ」という楽器にあるようです。
モーツァルトの時代には、まだまだピアノが珍しい楽器で、モーツァルトは主にクラヴィコードやチェンバロを弾いていました。確かに、映画『モーツァルト』を見ても、ピアノではありませんね。
そういう新しい楽器に出合った時、どのように取り組むのか。モーツァルトは「ピアノの名手」と称されたクリスティアン・バッハの作品を研究することにしたようです。元々モーツァルトは幼少期より教えを受けていました。一度機会があればクリスティアン・バッハの曲を聴いて頂きたいのですが、モーツァルトの作風にそっくりです。いや、実際は逆でモーツァルトはこのクリスティアンの影響を強く受けていることが分かります。
そんな楽器の特性をよく知っている先生の書いた曲を研究することが、ピアノ活かし、ピアノを知る上での近道だと思ったのでしょうね。
よく芸術は模倣に始まり創造に至ると言われますが、神童と言われたモーツァルトは、芸術の前ではあくまで謙虚で努力を尽くした人なんだな、と感じました。茂木健一郎さんがおっしゃっていた通り、天才とは努力のできる天才なのですね。